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ゲーム業界「ビジネス・ウォーズ」の裏側に知財あり!~任天堂VSソニー 人気ポッドキャスト番組に学ぶ~

はじめに

筆者の生活に音声配信番組は欠かせません。家事やランニングの時、手や足はふさがっているが耳は空いている、そんな時にピッタリです。

最近お気に入りなのは、ニッポン放送がプロデュースするポッドキャスト番組「ビジネスウォーズ」です。

画像:ビジネスウォーズ 公式WEBサイトより引用
画像:ビジネスウォーズ 公式WEBサイトより引用

ビジネスウォーズが取り上げるのは、「任天堂 VS ソニー」、「ナイキ VS アディダス」、「TikTok VS インスタグラム」、「コロナワクチン開発戦争」、「マクドナルド VS バーガーキング」といった、いずれも世界的に非常に有名な商品やサービス。これらが誕生するまでにどのようなストーリーがあったのか。事実は小説より奇なりという言葉がありますが、まさにそれを地で行く展開で、聞いていてワクワクします。

今回の記事では、ビジネスウォーズの第1弾作品「任天堂 VS ソニー」のストーリーに沿って、その開発競争にまつわる知財をご紹介します。

任天堂とソニー 幻の協業

かつては80年代のオタクの象徴だったビデオゲームは、今日では世界中の家庭に普及するまでになった。世界で累計1億台以上売られたプレイステーションは元々任天堂とソニーの共同事業として構想されており、日本の二大ハイテク企業の架け橋となるはずだった。しかし、結果としてこれが両社を戦いへと駆り立て、ビデオゲームの覇権争いは今もなお続くのであった。物語はシカゴのコンシューマー・エレクトロニクス・ショーでのプレイステーションの発表を2日後に控えた1991年5月から始まる。

ビジネスウォーズ「任天堂 対 ソニー」紹介文

任天堂とソニーは、1980年代後半から、スーパーファミコン(カセットを差し込んで遊ぶタイプのゲーム機)の外付け機器として、CD-ROMドライブを共同開発していました。開発コードネームは『PS-X(プレイステーション)』。

しかし91年5月に状況が一変、協業は破談となり、ソニーは独自でプレイステーションを開発することになります。

任天堂アーカイブプロジェクト | 任天堂の歴史 | 第8章 ファミコンの後継機 スーパーファミコン

この時期に両者から特許出願された発明を見てみましょう。

91年2月には、ソニーから、カセット装着口と光学ディスク(CD)ドライブを併せ持つゲーム機の発明が特許出願されています。(特開平04-269988

画像:公開特許公報 特開平4-269988 より引用 カセット装着口と光学ディスク(CD)ドライブを併せ持つゲーム機の発明
画像:公開特許公報 特開平4-269988 より引用

任天堂からも、91年3月に、カセットと光学ディスク(CD)を併用したゲーム機器に関する技術が特許出願されています。(特開平04-303488

画像:公開特許公報 特開平4-303488 より引用 カセットと光学ディスク(CD)を併用したゲーム機器に関する技術
画像:公開特許公報 特開平4-303488 より引用

これらの発明が出願されたわずか数か月後に協業が破談になるなんて。発明者をはじめとした関係者は想像していたでしょうか。

任天堂のコンテンツとソニーの技術が融合すればきっと今までにない楽しいゲーム機が開発できる。きっとそんな夢が描かれていたはずです。しかし、ボタンの掛け違いでしょうか、その夢は幻となってしまいました。

任天堂とソニーの破談の理由は「任天堂が得意とするコンテンツ開発までソニーが介入してきたと社長が激怒した」という説や、「ソニー側の交渉が強引すぎた」という説など、様々な説があります。

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任天堂とソニー。まさに両雄並び立たず。ただ原因はともあれ、袂を分かった2社の競争があったからこそ、ゲーム業界がより発展したのも、また事実でしょう。

そこで続くパートでは、任天堂とソニーのそれぞれの強みについて知財情報を交えながら見ていきます。

80年代 米国で躍進する任天堂コンテンツ

1980年代、CD-ROM共同開発がはじまる少し前、ドンキーコング、スーパーマリオブラザーズなどの任天堂のコンテンツは、日本を飛び出し、米国で大ヒットしていました。

任天堂は当時から米国でキャラクター名の商標登録を行っています。模倣品やキャラクター人気にあやかった便乗製品からキャラクターをしっかり守るためですね。

まず81年には「DONKEY KONG」を米国で商標登録出願しています。

画像:WIPO IP PORTALより引用 まず81年には「DONKEY KONG」を米国で商標登録出願しています。
画像:WIPO IP PORTALより引用

アーケードゲーム『ドンキーコング』の発売年が1981年ですから、非常に速い。知的財産に関する意識が最初から高かったことがわかります。

また83年には「MARIO BRO S.」の出願も米国でしています。

画像:WIPO IP PORTALより引用 また83年には「MARIO BRO S.」の出願も米国でしています。
画像:WIPO IP PORTALより引用

ソニー、ビデオゲーム業界へ参入

一方、ソニーはもともとテレビやオーディオの技術に強みのある家電メーカーであり、プレイステーション誕生までゲーム事業にはまったく参入していませんでした。

調べてみたところ、70年代なかばにソニーから「ゲ-ムまたは学習などのアダプタ装置」という出願がありました。(特開昭52-078534) コントローラーなど、現代とは似ても似つかぬ形状ですが、ゲーム機の「原型」といえるでしょう。

画像:公開特許公報 特開昭52-078534 より引用 調べてみたところ、70年代なかばにソニーから「ゲ-ムまたは学習などのアダプタ装置」という出願がありました。
画像:公開特許公報 特開昭52-078534 より引用

ただ、80年代まで、ソニーはゲーム機に関する特許出願をほとんどしていません。上記の特許出願も「商品化の1つの可能性」程度だったのではないでしょうか。

ソニーより出願されたビデオゲーム機関連の特許出願数の遷移
ソニーより出願されたビデオゲーム機関連の特許出願数の遷移

80年代当時、ビデオゲームは子どものための”おもちゃ”でした。年齢問わずビデオゲームが楽しまれている現代からしたら信じられないことかもしれませんが。

ビジネスウォーズ本編でも触れられていましたが、当時ソニー社内ではビデオゲーム機事業への参入に反対する勢力が強かったそうです。高い技術力を自負していたからこそ、それを”おもちゃ”に応用するなんて。反対勢力が強かったというのにもある意味、納得です。

しかし、任天堂との共同開発があった90年代前半、ソニーは一気に出願件数を伸ばします。これは任天堂と交渉・契約するにあたってのソニー側の交渉カードという意味合いもあったのかもしれません。

その後協業は破談となり、ソニーはプレイステーションを単独で開発、そして発売することになるのですが、皆さんご存じの通り、プレイステーションは大ヒット。その成功を受けてのことでしょうか、90年代後半にはさらにビデオゲーム関連の出願件数を伸ばしています。

ただ、任天堂と袂を分かつたSONYはどうやって独自性を出していったのでしょうか。

そこで次のパートではゲーム機のコントローラにまつわる知財を軸として、その様子を追っていきます。

コントローラに表れるそれぞれの個性~知財ミックスで独自性を守れ!~

ソニーの独自開発は簡単なものではありませんでした。ゲーム機の基礎を築いた任天堂とどう差別化するか。任天堂が持つ知的財産権を回避するという意味でも、困難であったものと思われます。

たとえばゲーム機の十字キー、これに関する実用新案登録出願を、任天堂が83年10月(実願昭57-057437)と86年4月(実願昭61-058549)にしています。

86年4月に出願された出願の公報には、「1つのキートップで多方向を指定できるため、従来のように複数個の押ボタンスイッチで多方向をしてするものに比べて、取付スペースが少なくて済み、かつ安価となる。」と記載されています。

画像:公開実用新案公報 実願昭61-058549 より引用 たとえばゲーム機の十字キー、これに関する実用新案登録出願を、任天堂がしています。
画像:公開実用新案公報 実願昭61-058549 より引用

こちらの図面はゲームボーイ等携帯用ゲーム機へ実装された様子が例として示されています。十字キーの形状がよくわかります。

実用新案権の存続期間は10年間ですので、94年12月発売のプレイステーションは、これらの権利を回避する必要があります。でなければ知的財産権侵害となり、差止・損害賠償を請求されてしまいます。

そんな中、プレイステーションのコントローラとしてデザイナーが提案したのが、下記のデザインです。このデザインは意匠登録されています(意匠登録0952253)。出願は94年4月、初代「プレイステーション」発売の約8か月前です。

画像:意匠公報 意匠登録0952253 より引用 そんな中、プレイステーションのコントローラとしてデザイナーが提案したのが、下記のデザインです。このデザインは意匠登録されています。
画像:意匠公報 意匠登録0952253 より引用

左上の方向を指示するボタンに注目してください。十字型ではなく、4つのボタンが四つ葉のクローバーのように寄り合わさった形状です。任天堂の十字キーに関する権利を回避しようとしたことが伺えます。

一方で、立体的なグリップ部分を有するコントローラのデザインもかなり斬新でした。当時、ゲームのコントローラと言えばスーパーファミコンのコントローラに代表されるような板状のものでした。単に「十字キーの知的財産権をデザイン変更で回避する」だけでなく、まったく新しいゲーム機のデザインを作ろうとするソニーの意気込みを感じます。

こちらのコントローラの形状は、米国では立体商標として商標登録されています

画像:米国特許商標庁ホームページより引用 こちらのコントローラの形状は、米国では立体商標として商標登録されています。
画像:米国特許商標庁ホームページより引用

ちなみにこの立体商標が米国で出願された当時、日本において立体商標は商標登録の対象になっていませんでした。しかし、この形状がプレイステーションを示すものとして非常に重要であるという判断がなされたのでしょう。しっかりと出願されています。

94年に発売されたプレイステーションは大ヒット。しかし任天堂はそれを指をくわえて見ていたわけではありません。新しいゲーム機の開発をスタートさせました。それがニンテンドー64です。

こちらの開発においてもコントローラはもちろん重要視されています。では、ニンテンドー64のコントローラを見てみましょう。

ニンテンドー64コントローラの特徴は「3Dスティック」付きであるところ。この3Dスティックにより、キャラクタを自由自在に動かせます。

もちろんこの3Dスティックも権利化によりしっかりと保護されています。たとえば、3Dスティックを備えるニンテンドー64コントローラのデザインは米国で意匠登録されています

画像:米国意匠(デザインパテント)公報 USD376826S より引用 たとえば、3Dスティックを備えるニンテンドー64コントローラのデザインは米国で意匠登録されています。
画像:米国意匠(デザインパテント)公報 USD376826S より引用

ユーザがゲームの世界と繋がるために必須のもの、それがコントローラです。ゆえに、そのデザインを意匠として保護する重要性は非常に高いといえます。

また、コントローラを通じた体験はユーザに強烈な印象を残します。ゆえにそのデザインを商標として保護するという流れも自然なものでしょう。

ゲーム機といえば性能に注目されがちですが、コントローラにも、差別化やメーカーどうしの戦いの歴史があるのです。

おわりに~ポッドキャスト本編もおすすめ!~

魅力的なゲーム体験の裏側にはゲーム業界を牽引する2大企業の切磋琢磨がありました。これこそまさにビジネスウォーズ。そして、ビジネスウォーズの裏には知財あり。

こちらの記事を読んで両社の戦いに興味をお持ちになった方、是非ビジネスウォーズ本編を聴いてみてください。最新作は「マクドナルド VS バーガーキング」。こちらもワクワク、ヒリヒリするようなビジネスバトルが繰り広げられています。

「ビジネスウォーズ」はこちらで聴くことができます。

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