こんにちは。弁理士の宮崎です。
この記事では、商標大量出願で知られているベストライセンス社とその創業者の上田育弘氏のついて解説していきます。
特に、商標登録をしたい時に、ベストライセンス社の出願が障害になって、出願を控えることがあると思いますので、その対策を説明します。
また、そもそもベストライセンス社は何故、このような行動を取っているのかを分析しました。
目次
ベストライセンス社とは?
引用:ベストライセンス社HP
ベストライセンス社は、本社は大阪にあり、2014年に上田育弘氏によって設立されました。
「PPAP」など有名な言葉を大量に商標出願したことにより2017年に話題になりました。
この会社の収益は、商標を大量に出願し、それらをライセンスすることによって上げているようです。実際に、ベストライセンス社のHPでは、「ライセンスの申込」ページがあり、ライセンスをしたい登録番号や出願番号を書いて申込むことができるようになっています。
ベストライセンス社の影響はかなり大きく、法律が改正されたり、特許庁の運用が変わったり、J-PlatPatの機能が追加されたりしました。また、一般の方にも商標登録が早い者勝ちであり、それを先取りされるかもしれないということも広く伝わりました。
会社の目的は
- 産業財産権の権利処理システムを確立する
- 権利処理ビジネスを通して利益を追求する
のようです。
上田育弘氏とは?
上田育弘氏はどのような人物なのでしょうか?
上田育弘氏は、日本の元弁理士であり、大阪大学工学部金属材料学科を卒業後、大手自動車メーカーに入社するも6年で退社。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程を修了。1994年より弁理士としての活動を開始するも、2013年4月10日付で日本弁理士会から会費滞納を理由として退会処分を受け、弁理士登録が抹消され、弁理士として業務を行うことができなくなったようです。(Wikipedia引用)
大量出願の目的・方法
目的
商標を大量に出願する目的は、そこからライセンス料を獲得して収益を上げることと思われます。
しかし、もう一つの理由として、ベストライセンス社が掲げる理想の権利処理システムを確立することもありそうです。
この権利処理システムは、簡単にいうと、ライセンスの締結は民間同士による交渉ではなく、国が介入するようにしようというものです。それにより、ライセンスが活発になり知財権がより活用されるようになると主張しています。
方法
大量出願の方法は、印紙代を払わないで商標出願を大量にするというものです。これにより、コスト0円で、先に出願した権利を大量に獲得することができます。
商標法では、印紙代を支払うかどうかは、早い者勝ちの権利には影響されないため、この法律の穴をついた方法になっています。
また、商標法では印紙代を支払わずに大量に出願すること自体は違法ではありませんので、罰せられることもありません。(もしかしたら他の法律では何かグレーなことがあるかもしれませんが)
ベストライセンス社と上田育弘氏の商標出願件数
2020年9月25日時点のベストライセンス社と上田育弘氏の今までの合計の商標出願件数は、139,673件です。2019年の日本国内の商標出願件数が190,773件ですので、いかに大きな件数かわかります。
上田育弘氏&ベストライセンス社の合計の商標出願件数の推移
(2020年は9月25日時点まで)
ベストライセンス社の出願の傾向
ネーミング
ベストライセンス社が出願するネーミングにはいくつか傾向があります。
- 話題になった言葉
- 実際のサービス名や団体名、施策名
- ジャンル名
- A〜Zのネーミング
話題になった言葉
- PPAP
- CORONAVIRUS
- 忖度
- 歩きスマホ
- ABENOMICS
実際のサービス名や団体名、施策名
- PONANZA
- RIPPLE
- 滴滴出行
- SHOPIFY
- 都民ファーストの会
- 個人型確定拠出年金
- GO TO キャンペーン
ジャンル名
- 電子マネー
- 仮想通貨
- オンライン診療
- INBOUND
- 不動産テック
- HAND SPINNER
- CHAT
A〜Zのネーミング
- A・DOT・COM
- B・DOT・COM
- C・DOT・COM
- A・FOOD
- B・FOOD
- C・FOOD
- A・DRINK
- B・DRINK
- C・DRINK
法律のバグをついた無限分割
無限分割とは?
商標制度には、「分割出願」という出願の制度があります。これは、ある出願の一部の権利を、新しい出願に移すような制度です。
分割出願の制度を使うと、新しい出願の出願日が、元の出願の出願日にさかのぼります。
これを裏技的に使うと、ある出願を分割して、新しい出願をし、さらにその新しい出願を分割し……と繰り返せばいつまでも最初の出願の出願日を確保することができるのです。(この方法をこの記事では無限分割と呼ぶことにします)
これを利用すれば、理論上は全ての商標の早い者勝ちの権利を0円で半永久的に保持することができます。
ベストライセンス社の無限分割
ベストライセンス社はこの無限分割に着目しました。
無限分割をしようとしていましたが、分割の条件を満たしていなかったため※、実際には出願日がさかのぼってないものが多かったようです。なんだか、人間臭さを感じますね。
※分割の条件を満たすには、元の出願の権利範囲を小さくしないといけないのですが、元の出願の権利範囲が変更がないまま新しい出願をしてしまったので、分割の条件を満たさなかったのです。
特許庁の対応
特許庁は、このベストライセンス社の動きを問題視して、「ご自身の商標登録を断念する等の対応をされることのないようご注意ください」と注意喚起をしました。
本来は、どの出願に対しても公平に対処すべき特許庁ですが、今回ばかりは異例の対応をしました。
参考:自らの商標を他人に商標登録出願されている皆様へ(ご注意)
そこで法律が変わった
コスト0円で無限分割ができることは、完全に法律のバグですので、その後、法律の改正が行われました。
新しい法律では「分割出願をするときは出願の印紙代を支払うこと」という条件が追加されました。これにより、0円で無限分割することはできなくなりました。
大量出願に対してどのような対策が考えられるか
先にベストライセンス社に出願された場合の有効な対策は何でしょうか?
それはたった一つです。
ベストライセンス社の商標出願が却下になるのを待つ
です。実際にはベストライセンス社の出願があっても、気にせずに出願することが実務的には良いと思います。
逆に、慎重に検討した方がいい行為は2つあります。
- ベストライセンス社にライセンスの申込みをすること
- ベストライセンス社の商標出願で困っていることを公にすること
ライセンスの申込みをすると、そのまま出願却下になっていたはずものが、同社にその出願の印紙代を払って登録する動機付けになってしまうからです。
また、ベストライセンス社の商標出願で困っていることを公にしてしまうのも同様の理由です。
さらに、出願中に特許庁に訴える「情報提供制度」を利用することも相手に伝わるのでお勧めしません。(登録になった後の「異議申立制度」や「無効審判制度」はお勧めします。)
大量出願の弱点は、「いつ・誰が・どの出願を欲しているかわからない」ということです。
これは迷惑メールと似ていて、相手が恐怖を感じて引っ掛かってくれないと、この方法は成り立ちません。
「何も反応しない」ということが最も効果的な対策になります。
大量出願の商標が登録されてしまった場合はどうするか?
- 相手の権利を無効にする
- 相手の権利の使い方はダメだと主張する
などが考えられますが、ここまでくるとこちらの費用もかかってきますし、ややこしいので出願却下を待つのがベストです。また、今のところ(2020/10/03現在)ベストライセンス社で登録になっている案件はありません。
なぜ、5年も大量出願を続けられるのか?
5年以上も大量出願を続けられる理由は、おそらく、ライセンスの申込みが毎年いくつかあるからだと思います。
そのため、大量出願のインセンティブが維持されているのだと思います。
また、他の資金源や貯金があって続けている可能性もあります。
ベストライセンス社の影響
ベストライセンス社の影響は大きく4つあります。
- 商標意識の向上
- 法律の変更(分割の条件)
- 特許庁の運用が変更
- J-PlatPatの機能追加
商標意識の向上
PPAP問題の時にテレビで大きくベストライセンス社が取り上げられたことをきっかけに、一般の方にも、商標登録は早い者勝ちであり、誰かに商標登録される可能性があることが伝わりました。
その結果、皮肉にも商標を出願しないといけない意識の向上につながりました。実際にこの報道の後にクライアントからベストライセンス社の話が出ることが増えました。
そして、このことはベストライセンス社も主張しています。
『小生や当社のトローラー的出願により、「新聞やインターネット等に掲載・公開されるよりも早く出願しなければならない。」旨のインセンティブが多くの出願人に働けば、日本商標法における大原則たる先願主義を遵守する姿勢が高まることになり、極めて肯定的な要素を持っていることを認識していただきたい。』
引用:ベストライセンス社HP
特許庁への手間増大など負の面も及ぼしているので、個人的には、そこまで偉そうに言うことではないかなと思いますが・・・
法律の変更(分割の条件)
商標の分割出願の条件が変更されました。出願の時に印紙代を払わない時は分割出願が認められないこととなりました。
特許庁の運用が変更
特許庁の審査の運用が一部変更されました。商標登録は商標を使用する意思があることを前提に認められるのですが、出願件数が多すぎると本当にちゃんと使用するか疑わしいということで拒絶されるようになりました。
『出願人の過去の出願件数等から商標の使用及び使用の意思があることに合理的疑義がある場合・・・出願人の過去の出願件数から、一出願人が自己の業務に係る商品又は役 務について使用する商標としては、到底想定し得ない多数の出願を行っている(概ね年間1000件以上)。・・・』
引用:商標の使用又は商標の使用の意思 を確認するための審査に関する運用について
J-PlatPatの機能追加
J-PlatPatという商標検索サイトがありますが、そこの検索オプションに「出願却下を除く」という検索条件が追加されました。これはおそらくベストライセンス社の却下された出願が多すぎることから付けられた機能と思われます。
さいごに
ベストライセンス社・上田育弘氏の大量出願の傾向や対策、影響について解説しました。
この記事の最も重要な部分は、先に出願された場合の対策です。それは「ベストライセンス社の商標出願が却下になるのを待つ」ことです。
最後までお読みいただきありがとうございました。