みなさんは、何の情報を参考にして料理を行っていますか?
料理家さんによるレシピ、先祖代々受け継がれたレシピ、ブログ、経験や勘・・色々あることでしょう。
本記事では、「特許(パテント)」を参考にした料理を紹介します。特許と聞くと、技術や小難しい発明を連想されるかもしれませんが、料理の世界にも実は多くの特許が存在します。新しい調理器具は勿論のこと、独創的なレシピに関する特許もあるのです。
和食分野における特許3件を参考に、料理の新たな地平を開拓していきましょう。
特許料理1:炊き込みご飯
1品目は炊き込みご飯。炊飯器でかんたんに調理できて、冷めても美味。野菜と調味料を投入するだけでそれなりのご飯ができるので、頼りになる存在です。
果たしてどんな内容の特許なのか?特許の権利範囲が記載された【特許請求の範囲】を眺めていきましょう。
- 特許第3845324号:炊き込み御飯の調理方法
出願日:2002.3.14 J-PlatPat リンク GooglePatents リンク
【特許請求の範囲】
(特許第3845324号より)*請求項2以降は省略*
【請求項1】
炊飯器の釜内に、米とこの米の量に応じた量の水を入れるとともに、米の上に生の具を入れ、この釜内に張られた水の水面から上部あるいは全体が出た状態の具の上に乾燥味付け材をふりかけ、この状態で釜に蓋をして、釜を加熱して米を炊くとともに具を煮て両者に乾燥味付け材の溶液で味付けすることを特徴とする炊き込み御飯の調理方法。
シンプル・・!調味料等の細かな分量は特に規定されておらず、調理の手順が記載されている特許ですね。これなら、料理が得意でない筆者でも難なく実施できます。
文章を分けて、調理内容を細かくみていきましょう。
「炊飯器の釜内に、米とこの米の量に応じた量の水を入れるとともに、」
最初は当たり前の内容しか記載されていませんね。「米とこの米の量に応じた量の水を入れる」のは、日本初の炊飯電熱器が登場した1921年(*)当時にはもう、実施されているに違いありません。
(*) 炊飯器の歴史│JEMA 一般社団法人日本電機工業会 (jema-net.or.jp)
次の文章はどうでしょうか。
「米の上に生の具を入れ、」
具はお米をといだ後に投入するのが通常と思われるので、やはりこちらも、誰でも実施してそうな内容ですね。
本発明のポイントは次の文章です。
「この釜内に張られた水の水面から上部あるいは全体が出た状態の具の上に乾燥味付け材をふりかけ、」
水面から具が出る!?一体どれだけ水が少ないのか、それとも具が多いのか?これまでの炊飯体験からすると、ちょっとイメージしにくいです。
特許の詳しい文章や、図面も見てみましょう。
特許明細書の記載及び図1によれば、米2に対して L まで水3を入れ、生の具4の上から炊き込み御飯の素5(=乾燥味付け材)を投入するとのこと。
特許第3845324号 図1 より引用
わかりやすい図ですね!1つの図面だけで内容把握が容易な、素晴らしい発明。具が盛りだくさんで、美味しそうな炊き込みご飯になりそうです。
ところで、何故、具を水面から出した状態で乾燥味付け材をふりかけるのでしょうか?その答えは【発明の効果】に記載があります。
【0025】
特許第3845324号 より引用
【発明の効果】
そして、乾燥味付け材を、釜内に張られた水の水面から上部あるいは全体が出た状態の具の上にふりかけて炊くので、濃度の高い乾燥味付け材の溶液が具に浸透しながら煮込まれることにより具の味付けを米の味付けよりも濃くすることができ、炊き込み御飯の主役となる具の味を味わい易くして、これにより炊き込み御飯の美味しさを増すことができる。
なるほど!
水面から出た具に味付け材をかけることで、より多くの味付けパワーを具に注ぐことができるということですね。たしかに、味付け材を水に混ぜてしまったら、せっかくのパワーが薄まってしまいそう。手軽に実施できてかつ効果が期待できる、素晴らしい発明です。
そして最後の文章は以下のとおり。
「この状態で釜に蓋をして、釜を加熱して米を炊くとともに具を煮て両者に乾燥味付け材の溶液で味付けすることを特徴とする炊き込み御飯の調理方法。」
あとは炊飯器の蓋をして、炊けばいいだけですね。
では特許の説明はこれくらいにして、実際に調理していきます。
水面から生の具が顔を出すように、中央に寄せ集めます
「乾燥味付け材」としてウェイパァー(味覇)を使います
ウェイパァー!味覚界の覇者になれる調味料です。(たぶん)
いつもはチャーハンやスープに入れて堪能していますが、炊き込みご飯相手でも当然に活躍してくれるはず。期待が持てます。
水面から顔を出した人参に味覇をかけていきましょう。
ウェイパァー(味覇)をかけました
あれ、特許の図面と比べて、ちょっと雰囲気が異なる・・?
それもそのはず。味覇のフタをよく見てみると、「半ネリタイプ」との記載がありました。
味覇你好!
半ネリ・・!半ネリとは一体何か。特許は「乾燥味付け材」を用いるという内容だが、半ネリも「乾燥味付け材」に含まれるのか!?
気になるところではありますが、あまり深く考えず進めましょう。家庭で楽しむパテントクッキングにおいて、厳密な権利範囲の把握はあまり重要ではありません。特許情報を参考にして料理を行い、家庭内で美味しくいただくことが大事です。
炊き上がりました
完成!実に簡単な料理でした。
実食レポートは後にして、2品目のパテントクッキングを進めましょう。
特許料理2:冷ややっこ
2品目は冷ややっこ。豆腐だけ食べても美味しいですし、生姜や醤油をかけても美味。筆者家においては、手軽で美味しいタンパク質摂取手段として重宝しています。
こちらはどんな内容の特許なのか?特許の権利範囲が記載された【特許請求の範囲】を眺めていきましょう。
- 特許第5684933号:豆腐、豆腐成形用具および豆腐成形方法
出願日:2014.5.14 J-PlatPat リンク GooglePatents リンク
【特許請求の範囲】
(特許第5684933号 より)*請求項2以降は省略*
【請求項1】
上面に線状に形成され、かつ、深さ方向が前記上面に対して略垂直で、下面に達しない深さの切込み部を有し、有色の液体調味料がかけられた場合には、前記液体調味料が前記切込み部に浸透して溜まることにより前記切込み部が認識されるようになる、ことを特徴とする豆腐。
こ、これは・・・!美味しそうというより、楽しそうな発明ですね!
小難しく書かれていますが、概要は図1にバッチリ示されています。
豆腐1の表面1aに対して切込み部2a~2dを設けて、あとは「有色の液体調味料」をかけるという内容。切込み部に液体が入り込み、視覚的に楽しむことができるという発明ですね。
子供が喜びそうです!
特許第5684933号 図1より引用
特許明細書における【発明の効果】欄にも、味以外の要素として視覚で楽しむことができる旨の記載がありました。
【発明の効果】
【0020】
特許第5684933号 より引用
本発明によれば、味(味覚)以外の要素(視覚)により食事者を楽しませることができ、食事者が楽しんで食事を行えるようにすることができる豆腐、その豆腐を成形するための豆腐成形用具および豆腐成形方法を提供することができる。
食事において重要なのは、味だけではないということですね。
それでは実践してみます。
慎重に切り込みを入れます
むむむ・・・!
直線はうまくいくものの、曲線を描こうとすると、どうしても ”ささくれ” ができてしまいます。
更に慎重に、隙間に少しずつ醤油を挟み込んでいきます。
お花が完成しました
中々うまくいきました!(自画自賛)
醤油を直接垂らすと醤油の量が多すぎるので、楊枝を用いて少しずつ挟み込んでいくことが大事です。
やってみると楽しいので、みなさんも是非やってみてください。
食事は人生にとって不可欠なものであり、他人との無意味な比較をせずに幸福感を高めることができる重要な行為です。五感をフルに活用して、素晴らしい食事を重ねていきたいですね。
なお、食品の見た目が味覚に影響を及ぼすように、一つの感覚が他の感覚を変化させる現象を「クロスモーダル効果(*)」というそうです。
(*) 視覚のクロスモーダル効果の可視化 ~食品の見た目が食感・味覚に与える影響の定量化~(オレオサイエンス, 20 巻 (2020) 11 号)
クロスモーダル効果!なんだかカッコいい名前ですね。
最後に紹介する逸品は、嗅覚からのクロスモーダルが期待できる料理です。
特許料理3:ぬか床
3品目は「ぬか床」です。ぬか床とは、キュウリ、大根、カブ、人参、白菜、椎茸・・・発酵パワーによってあらゆる材料に栄養素を注入してくれる、すごい床(とこ)です。
しかし毎日のお手入れが面倒で、挫折してしまった方も多いのではないでしょうか。
以下の特許発明は、そんな課題を、もしかしたら少し解決してくれるかもしれません。
特許の権利範囲が記載された【特許請求の範囲】は以下のとおりです。
- 特許第3594302号:甘酢ぬか床
出願日:2002.8.2 J-PlatPat リンク GooglePatents リンク
【特許請求の範囲】
(特許第3594302号 より)*請求項2は省略*
【請求項1】
米ぬかに水を1:1で含有させた米ぬか主成分に対して、塩10重量%、酢10重量%、甘味料少々を混練させたことを特徴とする甘酢ぬか床。
シンプルイズベスト・・!
これは意外と簡単にできそうなパテントクッキング。ワクワクしながら準備を進めます。
米ぬか、塩、酢、水 を用意します
ボウルに入れて混ぜていきます。塩の量がすごい・・・
水が多すぎたか!? しばらくかき混ぜてみると・・・
タプタプタプタプッ いい感じになってきました
あとはホーローの器に入れて完成!
といきたいところですが、【特許請求の範囲】をよくよく眺めてみると、「甘味料を少々」との記載があることに気付きます。
【特許請求の範囲】
(特許第3594302号 より)*請求項2は省略*
【請求項1】
米ぬかに水を1:1で含有させた米ぬか主成分に対して、塩10重量%、酢10重量%、甘味料少々を混練させたことを特徴とする甘酢ぬか床。
”少々” とは、一体どの程度か? 曖昧ですね。でも大丈夫。分量を計らずに調理できるということなので、パテントクッキングにおいては「楽」で有難いです。
甘味料として、砂糖を ”少々” 投入しました
甘味料に ”少々” くじかれたものの、ぬかを今一度プニプニ混ぜて、野菜を投入して、完成!
野菜を入れると一気にそれっぽくなってテンションが上がります
3品の中で最も手間がかかったものの、楽しく実施することができました。手にこびりついたぬかを洗い流すのが心地よいです。そして、ぬかの独特な香りがたまりません。なんでも、この香りによるクロスモーダル効果があるとかないとか。(注:筆者による個人的な感覚です)
ところで本発明は、上述の【特許請求の範囲】に記載の比率でぬか床を作成することで、カビの発生を防止することができるという効果があるとのこと。特許明細書に記載された実験例によれば、「少なくとも30日以上はカビの発生を押さえることが出来る(【0009】)」とありました。30日以上もカビが発生しないとは、すごい!
表3によれば、酢の量が重要のようです。5%と10%の間に、臨界的な意義がありそうですね。
特許第3594302号 表3 より引用
今回作成したぬか床も、カビの発生を阻止できるか!?どうか無事に、末永く育てていきたいものです。頑張ります。
ブロッコリーのぬか漬けもなかなかの美味です
まとめ
以上、今回のパテントクッキングは3品でおしまいです。
炊き込みご飯、冷ややっこ、ぬか漬け
素朴ながら、和食セットができました。炊き込みご飯やぬか漬けは前日から仕込んでおけば、忙しい朝にさっと食べるのに良いかもしれません。
お味の方は、どれも美味しかったです。ぬか漬けはしょっぱめでしたが、炊き込みご飯が薄味だった分、ちょうど良い塩梅となりました。部分最適ではなく、全体最適。調和が大事ですね。その点、今回調理した和食3品は、ビューティフルハーモニーだったといえるでしょう。
特許情報は誰もが無料でアクセスできる「宝庫」であり、その活用は産業界に留まらず、私たちの家庭にも及びます。先人が残した豊富な知識を活用して、みなさんも「パテントクッキング」の世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。そして素敵な特許レシピを発見したら、是非教えてください。
*備考*
2024年4月9日現在、紹介した3件の特許権は有効ではありません。そして仮に有効だったとしても、家庭内での料理は、権利侵害になりません。しかし、有効な特許の内容で料理をして販売を行った場合には、権利侵害となる恐れがあります。ご注意ください。
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