いまや「セブン、イオン、ドンキ」と称され、総合小売3強の一角をなすドン・キホーテ、2024年6月期にはついに売上高が2兆円を超えました。
出典:進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営 酒井 大輔 (著)
そんなドン・キホーテの特徴のひとつが「過剰さ」です。所狭しと並べられた商品の間を縫うように鮮やかすぎるくらい鮮やかなポップが飛び交います。ポップを彩るのは「情熱」「驚安」「ド」といったパンチが強いドンキならではのワードたち。


商品パッケージも特徴的で「ド」の文字からなるロゴと圧倒的な文字数の説明書きで顧客を圧倒します。

このような「強い」ワードを多用して独自の世界観を構築しているドン・キホーテは、ブランディングの優等生と言ってよいでしょう。
さて、ブランディングといえば切っても切り離せないのが商標です。
ブランディングの優等生であるドン・キホーテは商標戦略も抜かりありません。店内を彩るキラーワードの商標登録を行うに留まらず、他社の出願状況もしっかり把握し、必要とあらば異議申し立ても行っています。さらに、日本だけではなく海外でも商標登録出願を進めています。
さっそくドン・キホーテの商標戦略を見ていきましょう。
目次
1.激安という次元を超え「驚安」へ
まずご紹介する商標は「驚安」です。
「驚安」(きょうやす)は、ドン・キホーテを運営する株式会社パン・パシフィックインターナショナルホールディングス(以下、パン・パシフィック社)による造語です。
「驚安」の読み方は、「キョウヤス」です。「激安」に代わる安さの表現として、「驚安(キョウヤス)」という言葉を使っています。「驚安(キョウヤス)」とは単なる安さを表す言葉ではなく、お客様をワクワク・ドキドキさせる楽しさに溢れた驚きの安さを表しています。
このオリジナルのワードはもちろん商標登録でしっかりと守られています。

かつては「激安の殿堂」と称していた(このネーミングに馴染みがある方も多いでしょう)ドン・キホーテが自らを省み、「激安」を超えて「驚安」に生まれ変わったのです。
現状に満足せずお客様をワクワク・ドキドキさせるにはどうすれば良いか考え続ける真摯さがうかがえます。
2.「情熱」は”JONETZ”になりそして世界へ
さて、次にご紹介するのは「情熱●●」シリーズです。
「情熱空間」を皮切りに、「情熱食品」や「情熱職人」、「情熱価格」が商標登録されました。

「情熱●●」シリーズのなかでも、「情熱価格」はドン・キホーテのプライベートブランドのネーミングとして使われており、目にする機会も多いのではないでしょうか。ブランドロゴの右下にもしっかりと「情熱価格」と書かれています。

さて、そんな「情熱」は”JONETZ”として海外でも商標登録されています。

マレーシアで商標登録された”JONETZ” | WIPO Brand Database
ドン・キホーテは「情熱」を”JONETZ”として世界に広めようとしています。SUSHIやFUJIYAMAに並んで”JONETZ”が英語の辞書に載る日もいつか来るかもしれません。
3.略称「ドンキ」へのこだわり
さて、ドン・キホーテを「ドンキ」と略すのはもはや当たり前のことかもしれませんが、この略し方もドン・キホーテの由来からすると、少し独特な略し方なのです。
というのも、ドン・キホーテの起源となったのはスペインの古典「ドン・キホーテ」(Don Quijote)、騎士道精神に厚い老紳士ドン・キホーテが旅の中で巻き起こすドタバタ劇を描いた長編小説なのですが、ドン・キホーテの「ドン」というのは、スペイン語で男性に対する敬称であり、「~さん」や「~卿」といった意味合いなのです。
つまり、ドン・キホーテの切れ目は「ドン」と「キホーテ」の間になるので、「ドンキ」と区切るのはかなり独特な区切り方というわけです。
しかし、「ドンキ」という略称はいつしか人々の間に広まり、そして定着してゆきました。
もちろん、パン・パシフィック社は「ドンキ」という略称を商標登録しています。

さて、ここで「ドンキ」という略称への思い入れをうかがわせる異議申し立て事件(審判番号2022-900350)をご紹介しましょう。異議申し立てというのは、商標が登録されてから一定期間、その登録に対して登録の取り消しを申し立てることができる制度です。
この事件で申し立ての対象になったのは、愛知県名古屋市を中心に飲食チェーンを展開する株式会社JBイレブン(以下、JBイレブン社)の系列店 Don Quijote の新業態のあんかけスパゲッティ屋さんの商標です。

DOnKI CAFE∞あんかけスパ∞あんかけスパ屋\ドンキカフェ|J-PlatPat
さて、パン・パシフィック社はどのようにしてこの商標の登録を阻止したのでしょうか?
この商標を見てみると、目を引くのは中央に大きく書かれた「ドンキカフェ」の文字です。「ドンキカフェ」の「カフェ」の部分はお店の業態を示している部分ですので、そうなるとこの商標で肝となるのは「ドンキ」の部分になります。
パン・パシフィック社はこの点に着目して、この商標を見た人が「あのペンギンのキャラクターでお馴染みの驚安の殿堂ドン・キホーテがやっているカフェかな?」と勘違いしてしまうかもしれないから、登録を阻止してほしいと申し立て、それが認められたというわけです。
この決定を受けてのことでしょうか、JBイレブン社のあんかけスパゲッティ屋さんには「鯱ひげ」(しゃちひげ)という名前が使われています。「鯱」は「しゃちほこ」とも読むことから、名古屋らしさが感じられますね。「ひげ」はドン・キホーテ卿のひげから着想を得たネーミングでしょうか。

写真:鯱ひげ 公式ウェブサイト
4.もはや「ド」の一文字にイズムが宿っている
近年、ドン・キホーテは「ドンキ」という略称を超え、さらに短い「ド」を前面に押し出したブランディングを展開しています。

これは筆者のとある日の購入品なのですが、パイプクリーナー、しいたけスナック、チーズ、キムチ、フェイスパック、ソーセージ、そのすべてに「ド」の文字からなるロゴがあしらわれています。

このロゴの良さとして挙げられるのが「目につきやすさ」です。
例えば食品売り場で様々なメーカーの商品と横並びになったとき、このロゴは非常に目を引きます。目を引かれたのが最後、値段を見てみるとまさに情熱価格、非常にお求めやすいお値段になっていますので、そのまま購入に至ります。これは非常に強いです。
5.海を渡った「DON DON DONKI」
近年、ドン・キホーテはアジア地域への進出を盛んに進めています。2017年にシンガポールにアジア1号店をオープンしたことを皮切りに、以降、タイ、香港、マレーシア、台湾、マカオに店舗を拡大しています。
ちなみに「株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス」という社名は、タイ、香港、マレーシア、台湾、マカオといった環太平洋地域への進出を目指すことが由来となっています。出典:進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営 酒井 大輔 (著)
さて、そんなアジア地域では、「DON DON DONKI」(ドンドンドンキ)という日本とは違う店名が使われていることをご存じでしょうか?

DON SON DONKI THAILAND 公式ウェブサイト

タイで商標登録されたDON DON DONKI | WIPO Brand Database
なぜ、日本で使われている「ドン・キホーテ」とは別の店名が使われているのでしょうか?
それを読み解くには「DON DON DONKI」のコンセプトが鍵になるでしょう。
「DON DON DONKI」のコンセプトは「ジャパンブランド・スペシャリティストア」です。日本の食品や日用品、化粧品などを豊富に取り揃え、現地のお客様に日本旅行気分を味わってもらうことを目指しています。「驚安」を押し出した日本の店舗とは、そもそものコンセプトが異なるというわけです。
日本気分を味わってもらうにあたっては、スペインの古典のタイトルである「ドン・キホーテ」はノイズになってしまう。そのような背景から「DON DON DONKI」というネーミングが採用されたのでしょう。
ちなみにアジア地域での意外な売れ筋商品は焼き芋。日本から来たノンシュガーでヘルシーなスイーツとして売れまくっているそうです。
蒸し暑い地域で焼き芋は売れないだろうというのが当初の見立てだったそうですが、その予想は良い意味で裏切られ、いまでは大人気商品となっています。もちろん焼き芋関連の商標もしっかり登録されています。さすが抜かりありませんね。

シンガポールで商標登録されたSweet potato factory DONDON DONKI | WIPO Brand Database
おわりに:ドン・キホーテの商標戦略のポイントは?
さいごにドン・キホーテの商標戦略のポイント3点をまとめてみました。
(1)パンチの強いワードを資産化
新たな造語「驚安」を作りだし、「情熱」を”JONETZ”として輸出し、さらには「ド」の一文字にブランドを宿らせる。このようにドン・キホーテはワードを軸としたブランディングに長けています。そしてこれらは商標登録によりしっかりと守られています。
(2)略称「ドンキ」の独占確立
本来ならば「ドン」と「キホーテ」の間で区切れるところ、日本では「ドンキ」として定着。略称「ドンキ」を商標出願し、さらに他社が「ドンキ」を使う事例に対しては異議申し立てという手段を取るなど、ブランド保護を徹底しています。
(3)海外を視野に入れたネーミング戦略
海外進出にあたり、日本での「驚安」ブランディングとは一線を画し、「日本旅行気分」を提供するというコンセプトを打ち立てました。それに伴い新ブランド「DON DON DONKI」を立ち上げ、各国で商標登録しました。
まさに攻守ともに充実した商標戦略ですね。社名「株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス」のとおり環太平洋の覇者となる日、いや、太平洋を超えて世界の覇者となる日もそう遠くはないことでしょう。
これからのドン・キホーテの進化を引き続き見守っていきたいと思います。