乳幼児に絶大な人気を誇る「アンパンマン」。
我が家の3歳と1歳の子もアンパンマンが大好きで、家中アンパンマングッズで溢れています。
さて、米国TitleMax社が発表した2018年までの世界のキャラクタービジネスのビジネス規模を累計したランキングによると、アンパンマンの累計市場規模は、世界のキャラクタービジネスの中で第6位にランクインしているそうです。(出典:アンパンマンと日本人|柳瀬博一|新潮社)
これはポケモンやハローキティに次ぐ日本勢3位の順位です。しかもすごいのは、ポケモンやハローキティと違い、その売上のほとんどが日本市場でのものであること、そして、対象年齢層が乳幼児と狭いこと。こんなビジネスは他にはありません。しかもアンパンマンは近年海外進出にも積極的であり、まだまだ伸びしろがあるのです。
さて、ビジネスといえば切っても切り離せないのが商標。本記事ではアンパンマンにまつわるあれこれを商標の目線から紐解いてゆきます。
いまや唯一無二のキャラクタービジネスとなったアンパンマンの裏にはどのような商標ストーリーがあったのでしょうか。さっそく見ていきましょう。
目次
(1)やなせたかしとフレーベル館の出会い~アンパンマンのはじまり
アンパンマンは当初、大人向けの童話として雑誌「PHP」に連載されました。(出典:アンパンマンと日本人|柳瀬博一|新潮社)
このときのアンパンマンは現在のアンパンマンとは違い普通の人間の姿をしていました。しかし、「お腹がすいたひとに食べ物を与える」というアンパンマンの基本コンセプトはこのとき既に確立していました。
さて、子ども向けとしてのアンパンマンがはじめて出版されたのは1973年のこと。フレーベル館の月間絵本「キンダーおはなしえほん」に童話「あんぱんまん」が掲載されました。
アンパンマンを出版したフレーベル館は1907年に創業した老舗出版社です。児童書や絵本、幼児教育の専門書などで知られ、出版以外にも、玩具や保育施設向け備品などの販売、遊び場の運営など幅広い事業を手掛けています。そんなフレーベル館にとって、アンパンマンは一大コンテンツです。
実はアンパンマン以前のフレーベル館は順風満帆とは言えず‥ やなせ氏は当時のフレーベル館についてこう回想しています。
そして、相手にする出版社は、みんな小さいところ。サンリオ社、ぼくが知り合った時には、5人しか社員がいなかった。フレーベル館もですね──いや、フレーベル館の悪口言っちゃいけないけど──、あんまり成績はよくなかった。
「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里 – ほぼ日刊イトイ新聞
さて、アンパンマンの売れ行きは初めから順調だったとは言えず、「顔を食べさせるなんて残酷だ」という意見もあったそうです。
しかし、やなせ氏はめげませんでした。キンダーおはなしえほんへの掲載から3年後の1976年には単行本版の「あんぱんまん」を出版し、1977年には「あんぱんまんとごりらまん」、1978年には「あんぱんまんとばいきんまん」を立て続けに出版しました。
ちょうどこの頃「アンパンマン」の最初の商標登録出願がなされました。
出願年は1977年、出願人は柳瀬嵩(やなせたかし)です。なお、記事執筆時点(2025年8月)での権利者はアンパンマンの出版元のフレーベル館になっています。
左:「あんぱんまん」が初掲載された号のキンダーおはなしえほん(アンパンマンとフレーベル館より)右:登録第1453818号「アンパンマン」|J-PlatPat商標検索
(2)テレビアニメ打ち切り危機からの起死回生~商標もガッツリ補強
絵本が軌道に乗り始めると、テレビアニメ化の話が舞い込みます。
しかし、テレビアニメ版のはじまりも決して順調とは言えず‥ やなせ氏は当時の状況をこのように語っています。
テレビで『それいけ! アンパンマン』が始まる時は、こういうくだらないのはおそらく2クールで終わるだろうという予想だったんですよ。だから日本テレビはスポンサーなしのサスプロ(局の自費制作)でやって、放映も関東地区のいちばん視聴率の悪い時間帯で始まったんです。
「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里 – ほぼ日刊イトイ新聞
そのような状況を反映してか、テレビアニメ版のタイトル「それいけアンパンマン」の商標登録出願も決して手厚いものではありませんでした。
テレビアニメ版の放映開始から3ヵ月後の1989年 1月27日に出願された「それゆけアンパンマン」の指定商品は「菓子,パン」だけです。
商標「それいけアンパンマン」の詳細情報(登録第2441519号) – Toreru商標検索
同日に出願された「アンパンマン」の指定商品はなんと「あんぱん」だけ。
商標「アンパンマン」の詳細情報(登録第2473870号) – Toreru商標検索
テレビアニメ化を機に幅広い商品を指定してもよさそうなところですが‥ このような指定商品のラインナップからも当時の状況がうかがえます。
しかし、人気は徐々に高まり、1989年の3月にはこんなことがあったそうです。
ところがですね、年が明けて3月になったら、突然電話がかかってきたんですよ。「やなせさん!」って。「何でしょう」って言ったらね、「文化庁です。『それ行け! アンパンマン』が 優秀番組賞を受賞しましたので、虎ノ門ホールで授賞式をやりますから来て下さい」って言われて、エーッて言って行ったら、優秀賞で500万円。
「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里 – ほぼ日刊イトイ新聞
アンパンマンというコンテンツの強さがうかがえるエピソードです。絵本の時と同じように、受け手である子どもたちにはアンパンマンの魅力がしっかりと伝わっていたのですね。
さて、このような人気の高まりを受け、商標面でも大々的な補強が行われました。
1990年2月にはアンパンマンの絵柄と「アンパンマン」の文字を組み合わせた結合商標が、それぞれ別々の指定商品を指定して、なんと16件も出願されました。指定商品を見てみると、世の中のありとあらゆる物が指定されていると言っても過言ではありません。テレビアニメ版放映開始時とは比べものにならない手厚さです。
画像:J-PlatPat商標検索より
(3)アンパンマンのキャラクター商標を見てみよう
時は流れ2020年、アンパンマンに登場するキャラクターのカラーイラストが商標登録出願されました。
出願は2回に分けて行われており、第1弾(2020年4月)のラインナップは、アンパンマン、ばいきんまん、ドキンちゃん、コキンちゃんでした。
画像:J-PlatPat商標検索より
第2弾(2020年11月)のラインナップは、カレーパンマン、しょくぱんまん、メロンパンナちゃんです。
画像:J-PlatPat商標検索より
個人的には、商標登録出願のメンバーにコキンちゃんが並んだことが意外でした。
コキンちゃんは2005年初出であり他のキャラクターと比べたら新参です。(とはいえ記事執筆時点で20年のキャリアがありますが。)そのようなキャラクターがジャムおじさんやバタコさんといった主要キャラクターを差し置き、しかも第1弾のメンバーとして選出されるとは驚きです。
ちなみに、2018年にアンパンマンのテレビ放映30周年を記念して行われたアンパンマンのキャラクター人気投票でもコキンちゃんは第3位にランクインしていました。アンパンマンとばいきんまんが上位2枠を占めるのは当然として、姉貴分であるドキンちゃんをおさえて3位に入るとは。このような状況を踏まえると、商標登録出願第1弾のメンバーに選ばれるのも当然なのかもしれません。
さて、アンパンマン関連の商標登録を調べていると、すこし意外なキャラクターの名前が商標登録されていました。
蒸気機関車をモチーフにした「SLマン」です。
「SLマン」の出願は2回行われており、2021年3月23日の出願では「すべり台,ぶらんこ,ジャングルジム,その他の運動用具」が指定され、2021年3月29日の出願では「紙類,印刷物,文房具類/家具/おもちゃ,人形,運動用具」が指定されました。
商標「SLマン\エスエルマン」の詳細情報(登録第4610972号) – Toreru商標検索
商標「SLマン\エスエルマン」の詳細情報(登録第4549252号) – Toreru商標検索
SLマンは先ほど紹介した人気投票でも第20位にランクインする人気キャラクターではありますが、名前が商標登録されていたのには正直驚きました。
本記事執筆時の調査では、ばいきんまんやドキンちゃんといった主要キャラクターの名前の商標登録は確認できませんでした。その一方でSLマンの名前が商標登録されていた理由は明らかではありませんが、列車をモチーフにしていることから遊具や玩具を展開しやすいことが理由の一つとして挙げられるでしょう。
調べてみると、東京郊外にある遊園地よみうりランドのプールには「SLマンのふわふわスベリ台」という遊具があるようです。また、株式会社ジョイパレットからは「NEWプッシュゼンマイ それいけ!SLマン」という玩具が販売されています。
左:アンパンマンプール|プールWAI|東京 よみうりランド 右:NEWプッシュゼンマイ それいけ!SLマン | 株式会社ジョイパレット
他にも、株式会社セガからは「アンパンマン ボールがとびだす! はしるよポンポンSLマン」、株式会社バンダイからは「アンパンマンはじめてハウスドールセット SLマンと8人のなかまたち」といった商品名に「SLマン」が入った商品が販売されています。
アンパンマンの主要ターゲットである乳幼児にとって列車はキラーコンテンツの一つ。列車モチーフのキャラクターであるSLマンの名前を商標登録でしっかり押さえておくことは、乳幼児向けの遊具や玩具の展開において必要だったのかもしれません。
おわりに:朝ドラから「あんぱん」へ
調べてみると奥深いアンパンマンの商標。アンパンマンとやなせ氏の歴史を振り返ると、そこにはそれに呼応するような商標登録の記録がありました。
さて、本記事ではアニメ放映開始時の「あんぱん」だけを指定商品とした商標登録を紹介しました。指定商品の少なさがアニメ版の期待度が低さをうかがわせる、そんな登録商標でした。
そんな登録商標にまつわるとあるニュースが2025年の春に飛び込みました。
子供も大人もみんな笑顔に!新商品『アンパンマンのあんぱん』が発売|お知らせ|フジパン
なんとアンパンマンの「あんぱん」が発売されたのです。
フジパンは長年アンパンマンパンシリーズを手掛けていましたが、スティックパンなどがメイン商品で意外にもあんぱんは販売していませんでした。そんななか、NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」の放映などを受け、アンパンマンの「あんぱん」が発売されることになったのです。
出願から36年、ついに「あんぱん」の登録商標が日の目を見たのです。そんな商標的にもアツいエピソードで本記事を締めくくりたいと思います。