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はじめに ― 世は保育園SaaS戦国時代!
いま保育園のDX化がすごいことになっています。
ここ数年で登園管理や写真販売などのSaaS(スマホやパソコンで使えるサービス)を取り入れた園がグッと増えたのと共に、参入業者が増え続けています。
ここで私自身が参入業者の多さを実感したエピソードを一つ。
最近、引っ越しを機に子どもの保育園を転園したのですが、登園管理や写真販売などのSaaSが、いずれも、ガラッと、別会社のものに変わっていたのです。せっかく使い方に慣れてきたところだったのに!
これを友人に話したところ、その友人の子どもの園ではまた別のサービスが採用されているそう。さらに、習い事や学童保育ではまた別のサービスが採用されており、この程度でピーピー言うのではないと諭されてしまいました。
少子化の昨今、これほど多くの企業が保育園向けSaaSに参入しているなんて。正直侮っていました。
調べてみると、どうやら保育園SaaS業界には近年多くの参入があり、さながら戦国時代の様相でした。提供されているサービスの種類も千差万別です。
保育園システムおすすめ12選。メリットや機能、料金の目安は? | アスピック|SaaS比較・活用サイト
え?!12選ってかなり多くないですか?!
さて、前置きが長くなりましたが、この記事ではそんな保育園SaaS業界でしのぎを削るスタートアップを4つピックアップして、多様なサービスの特徴やビジネスを守る知財をご紹介してゆきます。
「はいチーズ!」ブランドへのこだわり
続いてご紹介するのは、「はいチーズ!システム」を展開する千株式会社です。創業は2004年と、保育園SaaS業界ではなかなかの古参ですね。
はいチーズ!紹介ページより引用
「はいチーズ!」というネーミングが示すとおり、当初は保育園の写真購入システムからサービスを開始しました。そして、現在では写真購入以外の登園管理などのサービスも提供する総合型ブランドになっています。
さて、「はいチーズ!」という商標は、創業間もない2006年に出願されていますが、実はこの時は商標権取得を断念しています。類似した登録商標が先に出願されているとして、商標法4条1項11号により拒絶されてしまったためです。
2006年出願の時引用された商標:商標登録4448544号|個人出願|J-PlatPat
そんな「はいチーズ!」ですが、2014年に再度出願されています。
「同じ商標を出願してもまた同じ理由で拒絶されてしまうのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、2006年出願の際に引用された商標の登録が無くなってさえいれば、類似する登録商標が無くなることになりますので、登録される可能性が出てくるのです。実際、2014年出願の時点で、2006年出願の時に引用された商標の登録は、存続期間満了により消滅していました。
しかし、2014年出願は、前回とは別の登録商標が引用されて拒絶されてしまいました。
2014年出願の時に引用された商標:商標登録4455558号|雪印メグミルク株式会社|J-PlatPat
さてどうするか。「はいチーズ!」側は、不使用取消審判という手段をとりました。
不使用取消審判というのは、一定期間使用されていない商標の登録の取消を請求できる制度です。「はいチーズ!」を運営する千株式会社は、雪印メグミルクの上記の商標が使用されていないとして、不使用取消審判を請求しました。
そして、無事に不使用取消請求は認められ、類似する登録商標が無くなりましたので、晴れて「はいチーズ!」が登録されたというわけです。
商標登録第5805707号|千株式会社|Toreru商標登録
一度目の商標登録出願で諦めず、機を見て二度目にチャレンジし、晴れて登録となった「はいチーズ!」。二度もチャレンジを試みていることからも、このネーミングが重視されていることがうかがえますね。
さて、そんな「はいチーズ!」ブランドが新たに展開し始めたのが給食食育サービス「はいチーズ!ベジ」です。
はいチーズ!紹介ページより引用
「はいチーズ!」サービス一覧には、出発点となる写真販売サービスの「はいチーズ!フォト」だけでなく、この「はいチーズ!ベジ」、さらには保育業務支援システムの「はいチーズ!システム」が紹介されています。
考えてみれば保育園SaaSの導入を決めるのは、通常、親ではなく保育園の運営者です。そして「はいチーズ!」を導入する園がすでに多ければ、そのブランドを活かして他の種類のSaaS導入も促すのは、マーケティングの王道といえるでしょう。シリーズ展開を進めていく上で、商標登録ができた価値は大きいですね。
写真から始まり食や支援システムへと切り込む、「はいチーズ!」の躍進は止まりません。
「午睡チェック」商標をめぐる情報提供合戦
さて、「はいチーズ!」のように写真購入システムから始まった総合型ブランドといえば、ユニファ株式会社が提供する「ルクミ―」もそのひとつです。写真購入システム「ルクミーフォト」を皮切りに、お昼寝を見守る「ルクミー午睡チェック」、検温と記録が数秒でできる非接触体温計「ルクミー体温計」などのサービスを提供しています。
ルクミーは知財にも力を入れているようで、特許庁が運営するサイトにこんな記事がありました。記事では、お昼寝中の園児の体の向きや体動を5分おきにチェックする「ルクミー午睡チェック」などの技術と、その知財について紹介されています。
6000超の保育現場に導入 社会のインフラとして課題解決を目指す「スマート保育園」サービス | IP BASE – 特許庁 スタートアップの知財コミュニティポータルサイト
さて、本記事では、上記の記事ではあまり触れられていなかった商標の話題についてご紹介してゆきたいと思います。
実は、「ルクミー」の運営会社であるユニファ株式会社は、自社の強みである「午睡チェック」というネーミングを商標登録出願しています。
ルクミー午睡チェック紹介ページより引用
商願2019-126013|ユニファ株式会社|J-PlatPat
しかし、この商標登録出願は、「そのサービスの特徴をありふれた表現でそのまま表した言葉」であるとして、商標法3条1項3号で拒絶されました。
そして、本願指定商品・役務を取り扱う業界においては、子供の午睡中の安全を確認することが「午睡チェック」の名称で使用されており、また、「午睡チェック」に関連する商品・サービスが保育園などで導入・活用されている実情が認められます
商願2019-126013|ユニファ株式会社|J-PlatPat 拒絶理由通知
さて、この出願で注目すべきなのは、刊行物等提出書の提出、いわゆる「情報提供」がされているという点です。
情報提供(刊行物等提出書の提出)というのは、その商標が登録されるべきでないと考える場合に、その理由を特許庁に伝えることができる制度で、誰でも、匿名で行うことができます。提供された情報が審査に反映されるかは審査官の判断によりますが、何らかの理由で登録されるとマズイ商標がある場合には有効な手段です。
今回のケースでは、新聞記事とウェブサイトを証拠として、「午睡チェック」が「サービスそのものの特徴をありふれた表現でそのまま表した言葉」であるという情報が提供されました。
情報提供があったということは、その商標が登録されるべきでないと考える誰かがいたということ。そして、その誰かが商標登録出願の動向をきちんとウォッチしていたということです。このことからも、保育園SaaS市場の活況さ、競争の激しさがうかがえますね。
園と自治体を繋ぐ「キッズコネクト」で紙業務を減らせ!
次にご紹介するのは、登園管理をはじめとした複数の機能を持つ総合型サービス「キッズダイアリー」を展開するキッズコネクト株式会社です。キッズコネクト社は、2016年2月にキッズダイアリーをリリースし、シンプルで使いやすいデザインで好評を得ています。
さて、そんなキッズコネクト社の特徴として、補助金申請を支援するサービス「キッズコネクト」の開発を行っていることが挙げられます。
KidsConnect(キッズコネクト)紹介ページより引用
一般的に想像される「保育園SaaS」がアルバム共有のように親と保育園をつなぐサービスであるところ、このシステムは自治体と保育園をつなぎ、保育園の負担を軽減するサービスです。
自治体が運営する公立の園と異なり、私立・民間の園の場合、自治体に対して運営のための補助金を申請するという業務が発生します。
この補助金申請業務というのは従来紙ベースで行われており、園と自治体双方にとって大きな手間となっていました。そんな課題を解決したのがこの「キッズコネクト」です。このサービスを利用すれば従来紙ベースで行われていた補助金申請業務がクラウド上で行えるようになるのです。
さて、キッズコネクトの紹介ページにはこんなことが書かれていました。
LGWAN(総合行政ネットワーク)環境の地方公共団体と、インターネット環境の施設を結び、給付・補助金等の手続きやデータ連携をシステム一元化することを可能にしたネットワーク構成の特許取得済【特許第6691996号】※HITOWAナーシングパートナー株式会社から譲受完了
KidsConnect(キッズコネクト)紹介ページ
どうやらネットワークに関する技術の特許を持っているようですね。さっそくどんな内容なのか見てみましょう。特許の図面だけだと少し分かりづらいので、キッズコネクトの紹介ページのイラストと並べてみました。
左図:特許第6691996号図1
右図:KidsConnect(キッズコネクト)紹介ページより引用
この特許発明では、園側の端末と自治体側の端末が一つのラインでつながっていることがポイントになっています。こうすることで、園側が入力した最新情報が即座に自治体側の端末に反映されるようになります。従来は、園側が紙の書類を郵送し、それを受け取った自治体側が書類の情報を端末に入力していたため、情報にタイムラグがあったのですが、キッズコネクトによるとこのタイムラグが解決されるというわけです。
また、園側の端末と自治体側の端末をつなぐラインの要所要所にファイアウォール(悪意あるアクセス等から情報を守るための壁)が設けられている点もポイントです。園が自治体に申請する情報の中には園児の個人情報も含まれているため、セキュリティには万全を期しているというわけですね。
さて、このキッズコネクト、現時点ではいくつかの市町村で試験導入中という段階のようです。今後導入していく市町村が増えてゆけば、補助金申請がマストな私立園にとってはかなりうれしい機能になるのではないでしょうか。
「手ぶら登園」という神(紙)ビジネスモデル
最後に紹介するのはBABY JOB株式会社が提供する「手ぶら登園」です。
手ぶら登園紹介ページより引用
このサービスは、これまで紹介したような総合型サービスではなく、現時点では紙おむつのサブスク事業に特化しています。
さて、なぜ最後にこのサービスを紹介するのかというと、筆者がこのサービスを愛していたからです。正確に言うと、失ってはじめてその大事さを実感させられました。要は、転園前に手ぶら登園を利用していたのですが、現在の園ではこのサービスが採用されておらず、失ってはじめて、その便利さを思い知ったということです。
そもそもおむつサブスクのサービスがなぜ「手ぶら登園」なのか。
ご存じない方もいるかと思いますが、おむつをはいた子どもが保育園に通う場合、通常は各家庭が保育園におむつを持参するのです。しかもおむつ一つ一つに記名をして。(ちなみに筆者は子どもを保育園に通わせるまでこのことを知りませんでした。)
これを解消して「手ぶら」で登園できるので「手ぶら登園」というわけです。
さて、「手ぶら登園」のビジネスモデル(正確に言うとビジネスモデルを動かすためのプログラム)は特許を取得しています。
特許第6987115号|BABY JOB株式会社,ユニ・チャーム株式会社|J-PlatPat
このビジネスモデルの特徴は、園から保護者に対しておむつの料金を請求する手間がかからないこと。園で子どもが使用したおむつの枚数がサーバー(上記の図の中央に配置された10)に保存され、その情報をもとに自動で保護者への請求がなされるので、請求の手間が省かれるというわけです。
また、サーバーに保存されたおむつの使用枚数に応じた枚数のおむつが自動で園へ発送される仕組みになっているため、発注の手間も省けます。
まさに、保護者側だけでなく園側の手間も省けるという神(紙)ビジネスモデルというわけです。紙おむつだけに。
調べたところ、「紙おむつサブスクサービス」はすでに複数の会社が参入し、競争が生まれていました。「紙おむつをサブスクする」というベースは同じであっても、特許により「親への請求を自動化する」などの便利機能を独占することができれば、他のサービスと差別化し、お客さんに導入を促すことができます。
今後さらに競争が激化しそうな保育園SasSの世界で、特許による差別化はさらに注目されていきそうです。
おわりに ― 知財を武器に乱世を生き抜け
今回の記事を記事を作成していく過程でひとつ気づいたことがあります。
それは、どの企業も積極的に知財をアピールしているということ。
登録商標に「®」を付けるのはもちろんのこと、特許についても積極的にアピールしています。これはどの企業も知財をしっかりと武器にしていることの証左です。活況極まる保育園SaaS業界を生き抜くにあたり、もはや知財は必須の武器と言ってよいでしょう。
また、知財は取って終わりではなく、効果的なアピールも大事です。せっかく商標・特許を取得してもユーザーやライバル会社に認識してもらわなければ、プロモーションや仕様の模倣(コピー)に対するけん制効果を発揮することができません。
知財は必須の武器、そしてその武器を使い尽くすべくしっかりとアピールする。これが保育園SaaS業界という乱世を生き抜く術なのでしょう。