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特許公報から考える至高の目覚め(著:西片弥生)-第1回「知財とアレ」エッセイ大賞 入賞作品

本記事は、 第1回「知財とアレ」エッセイ大賞 における受賞作品を著者の承諾を得て掲載するものです。
他受賞作の情報はこちら (22年10月に順次公開)
※大賞は2作同時受賞となります。

第1回 入賞作品 審査コメント
「朝シャキッと起きたい」は多くの人に共通する悩み。本エッセイは身近な「起床」をテーマに、さまざまな特許を軽妙に紹介しています。着眼点の面白さだけでなく、先人による起床方法の試行錯誤のバリエーション、そして「確かにそうだよね」というラストも楽しい一作です。

素晴らしいエッセイをぜひお楽しみください!

特許公報から考える至高の目覚め

眠い朝はつらい。思考には霞がかかり、肢体は鉛のように重く、目蓋は錆びついたように硬い。昨夜の目の冴えは見る影もなし。

三文を逸失するくらいで済むなら眠気に降伏するがそれで済まないのが社会生活。眠気に抗い、起きねばならない。

眠りを楽しむでもなく、身支度を進めるでもないこの苦闘の時間はただ無駄である。苦労なしに目覚められたらどんなに良いか。

すっきり目覚めるには。先人の知恵を得るべく特許公報を見てみよう。

悲願の目覚め

目を覚ますための道具といえば、その名のとおり「目覚まし」時計がある。

大雑把ながら、発明・考案の名称に「目覚(まし)時計」、「めざまし時計」のいずれかを含む特許出願、実用新案登録出願を検索すると、850件程度がヒットし、そのうち実用新案登録出願が500件程度であった1

実用新案登録出願の対象である「考案」は「小発明」とも言われるように、特許出願のそれである「発明」に比べて小ぶりなものが多い。事業を持たない個人がちょっとした思いつきを出願するケースも少なくない。それだけ目覚めに関する課題感が身近かつ喫緊であり、目覚まし時計によって解決したいと考える人が多いということである。

 

すっきりした目覚めは大衆の悲願とも言えよう。

二度寝を防ぐ目覚まし時計

さて、目を覚ますための道具の代表格たる「目覚まし時計」、その最大の弱点は二度寝である。

けたたましい音に一度は覚醒したものの、アラームを解除して二度寝してしまったという経験は誰にしもあるだろう。

そこで (1)特開平7-174870(個人)の目覚まし時計は、赤外線センサを備え、人が起き上がるまで鳴り続ける。

大掛かりな装置だ。寝たままアラームを解除できてしまうと、二度寝もできてしまう。逆に、身体を起こすところまで確実に到達させることで二度寝を防ごうというわけだ。

 

(特開平7-174870)

 

(2)特開2005-031006(個人)は、布団の下に敷くタイプ。体重の移動から、人が起き上がったことを検知する仕組みで、同じく起き上がるまでアラームを解除できない。

いやいや一度起き上がったところで眠気は晴れない。また横になって眠れます、という方むきなのが、(3)特開2021-015072(個人)。人を布団から移動させる。この目覚まし時計は、熱を検知してアラームが解除される。アラームを解除するには熱源に近づける必要があり、例えば洗面所でドライヤを当てる動作が想定される。

 

いずれも起床はできそうだ。しかし果たして「すっきりした目覚め」であろうか。

睡魔に抗う支援にはなるが苦闘は苦闘、苦しい。もっと気持ちよく起きる方法はないものか。さらなる探索が必要だ。

覚醒に効果的なエッセンスを求め、特許公報の知の森に分け入ることにする。

明るさで目覚める

(4)特開2022-010712(大林組ら)などは、寝るときの頭部あたりを照らす間接照明を開示する。

起床時刻のしばらく前から、徐々に照度が上がり、起床時には明るい中ですっきり覚醒できるというものだ。光を浴びると意識がはっきりしやすいというのは経験的にも納得できる。

寝るには明るい部屋より暗い部屋の方が適しており、その逆の話である。しかし、カーテンの隙間から光が差し込もうものなら頭から布団をかぶって遮ってしまう種類の人間(私である)にも効果があるかは疑問である。

香りで目覚める

(5)特開平04-371167(三洋電機)は、設定された起床時間の前に覚醒効果のある香りを放出する装置を開示する。

覚醒効果のある香りとしてはあのスースーするメントールだとか、柑橘系のリモネンだとかによる香りが挙げられている。

起床時の覚醒に香りを利用することはあまり一般的でないが、(6)特開平11-310053(三菱自動車)、(7)特開2015-019857(日産自動車)等、居眠り運転防止において香りを利用することはよくあるアイデアのようだ。

音楽とともに目覚める

(8)特開2021-175146(パイオニア)は、楽曲に基づいた振動により聴者の心身の状態に所望の効果を与える。

楽曲自体は、リラックス効果も覚醒効果もほとんどないようなものでよいという。目覚まし時計によくある警報音や、特別にぎやかな楽曲でなくてもよい。

ゆったりとトロイメライの旋律を楽しみながら、とはさすがにいかないかもしれないが、楽曲の選択の幅が広がる。好きな音楽で、なりたいモードにスイッチさせることができるとなれば嬉しいことである。

タイミングよく目覚める

起きるには適当なタイミングがある。そのタイミングをとらえて起きればすぐに意識がはっきりするが、そこを逃すとより長く寝たにもかかわらず頭がぼうっとしたりする。

(9)特開2012-110536(ソニー)では脳波等を検出し、この検出された脳波に基づいて睡眠ステージ(非睡眠、レム睡眠、ノンレム睡眠)を判定し、睡眠ステージに基づいて起床タイミングを決定する。そして決定した起床タイミングにおいて人体に刺激を与える。これにより適当なタイミングを逃さずに起きることができるというものだ。

 

脳波と眼球運動を測定するために頭部に装着するデバイスと、顎の筋電図を測定するために顎部に装着するデバイスとからなり、なかなか大仰である。今時ならスマートウォッチで睡眠状態のモニタリングをするところであるが、この仰々しさが本格風で良いではないか。

但し、装置が気になって寝られない恐れは否めない。

 

(特開2012-110536)

 

(10)特開2014-23571(ダイキン工業)は、睡眠ステージを判定して、それに基づいて適時に目覚めさせようとする点は上述の(9)特開2012-110536と似ているが、もう少し親しみやすいインタフェースである。

装置を身体に直接装着する必要はない。装置の一部をマットレスの下に設置し、そこからコードで繋がれた部分はマットレスの上に出しておけばよい。

マットレスの下に設置するのは感圧チューブ等で、体動に伴う感圧チューブの内圧の変化をとらえて睡眠ステージを判定するという。感圧チューブはそれほどかさばらず、あまりその存在を気にせずに眠ることができそうだ。

 

(特開2014-23571)

 

ちなみに判定された睡眠ステージは、起床時間の決定の基礎とするだけではなく、エアコンの調整にも利用する。設定温度、吹き出し風量や風向を調節するという。

さすがはエアコン王者、ダイキン工業である。これには関連する実在の製品があり、名を「soine」という2

「睡眠時専用コントローラー」として2011年に発売された。付属品の、体の動きから睡眠リズムを検知するチューブ型センサーの名は「ねるなびセンサー」。「コントローラー」なのに自覚的にはコントロールできない。快適すぎて眠りが浅いステージに移行しない、というようなことはないのだろうか。

 

(商標登録5446650)

 

空調で目覚める

エアコンを覚醒に利用する例もある。(11)特開2017-122577(三菱電機ら)は、「仕事・勉強」や「睡眠」等のモードを選択すると、そのモードに合った空調と音響の環境が提供されるというものだ。

「仕事・勉強」モードであれば、人の覚醒のレベルを高く保つべく、その人に風と音で刺激を与える。深い眠りから目覚めさせるには暴風レベルが必要でエアコンの常識的な範囲の送風ではパワー不足だろうが、起きかけには良さそうだ。そよ風でふっと目覚めるなど、気持ち良さそうではないか。映画のワンシーンみたいだ。イケメンになれそうな気すらする。

 

ざっと見てきて、覚醒には実にさまざまなエッセンスが影響し得ることがわかった。

全部混ぜると「適当なタイミングに、明るい光、爽やかな香り、爽やかな風を浴び、好きな音楽に揺られて起きる」だろうか。今時の睡眠計と家電を用いればある程度上記の構成を作ることができそうだ。眠気がトレル。

 

・・・しかし本当に「すっきりとした目覚め」が得られるだろうか? 起床時だけ工夫しても、眠りが足りないときは眠く、眠いときはとにかく眠い。目覚めだけ取り繕っていかんせんと。

 

そしてさらにふと疑問がわく。私は本当に目覚めたいのかと。

 

卓袱台返しである。終盤にして。

だが時に課題設定を見直すのは知財従事者として重要な所作だ。私は本当に目覚めたいのか。

見つめ直せば否である。断じて否、起こしてくれるな、思う存分寝ていたい。

 

すなわちは私が真に求めるは私を現実に呼び戻すものではなく、私が起きてせねばならぬあれこれを私の代わりにしてくれるものである。

AIか、ロボットか、はたまた他の何かか。誰かの発明がそれを実現してくれますように。そんな夢を見るべく布団に入ろう。おやすみなさい。

(著者:西片弥生)


1 J-PlatPatにて、名称における「目覚」又は「めざまし」と、「時計」との近傍検索によった。
2 参考: https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/1106/14/news093.html