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知財とキミと、ランデブー(著:かねぽん)-第1回「知財とアレ」エッセイ大賞 入賞作品

本記事は、 第1回「知財とアレ」エッセイ大賞 における受賞作品を著者の承諾を得て掲載するものです。
他受賞作の情報はこちら (22年10月に順次公開)
※大賞は2作同時受賞となります。

第1回 入賞作品 審査コメント
女性弁理士が挑戦する知財ショートショートの新境地。突然ぶっこまれた「まだまだ知財にはエロースが足りていないのではないか」との問題提起、これは私小説か、実験作か?
審査員間でも賛否両論の怪作、ラストはあなたの目で確かめてみてください!

素晴らしいエッセイ?をぜひお楽しみください!

『知財とキミと、ランデブー』

最初に誰が言ったか知らないが、こういう格言があるのをご存知だろうか。

「技術は戦争で生まれ、エロで発展する」

インターネット然り、競争とエロースが技術の発展を牽引する歴史は、確かにある。

では、知財はどうだろうか。戦争と知財の間には、様々な歴史がある。

 

しかしながら、まだまだ知財にはエロースが足りていないのではないか

 

知財の発展、特に、一般への知財の普及のため、このエッセイはエロースに塗れた日常に知財を導入するための試みをすることを目的とする。具体的には、ボクがキミに贈る、理想的かつ知財戦略的なデートプランを提案する。

以下の説明において、登場人物には「ボク」と「キミ」が含まれる。僕(ぼく)は一般に男性の一人称として用いられるが、以下に説明する「ボク」の性別は限定されない。

ボクは、例えば男性器を有するヒトであるが、身体的には男性であっても、女性であってもよい。また、ボクは精神的に男性であっても、女性であってもよく、身体的な性と精神的な性とが一致していても一致していなくてもよい。また、ボクが備える男性器は、生来のものであってもよいし、後付けされたものであってもよい。

また、キミは、ボクが好意を寄せる生物であり、例えばヒトである。なお、キミの身体的又は精神的な性についても限定されない。

 

・・・知財、とりわけ特許の文章を読み慣れない読者は、いきなり何が始まったかと思うだろう。特許の世界では、特許権者が自身の権利範囲を広く主張し、相手方が権利範囲を狭く主張するという、能力バトルさながらの駆け引きが多々繰り広げられる。

普通の小説では、そう、ボクとキミの性別なんて説明は不要だ。説明するとしても「中年のボクが、いたいけな少女らしさが抜けないキミに惹かれはじめたのは、蝉しぐれが耳障りでなくなってきたにも拘らずじっとりとした暑さが残る頃だった。」などと言えば済む。

しかし特許の世界では、叙述トリックを含む小説以上にその文章が精査され、一言一句にイチャモンがつけられるおそれがある。特許文書は、世界で最もアラ探しされる文書のひとつなのだ。

だから、相手方の「弊社のボクは女性だから、そのデートプランの権利範囲に入らない」だとか「弊社のボクはケモナーであり、キミは人狼だから、そのデートプランの(ry」という反論を前もって徹底的に封じるために、私のような弁理士は上に書いたような長ったらしい文章を特許文書(「明細書」といわれる)に含ませるのだ。相手方がどんなにマニアックな嗜好のデートプランを提案しても、特許権者が堂々と権利を行使できるように。

さあ、ボクがキミに贈るデートプラン、「知財とキミと、ランデブー」開幕である。

なお、以下に説明するデートプランはフィクションであり、実在の人物・団体・事件などには、一切関係がない。

 

============

ーー10月6日。

「明日、一緒に晩ごはん食べに行かない?」

上半期末の忙しさを乗り越えたボクは、満を持してキミにLINEメッセージを送った。

部署は別々だが、あの子の仕事も先月末で一段落したことは同期から情報入手済みだ。

返信は5分後に来た。ボクは通知を横目に確認した後、すぐに既読がつかないように1分ほど待ってスマホのロックを解除する。

 

「いいよー、どこ行くの?」

ボクはキミからの返信に、自室のベッドで胸を踊らせた。枕から頭を上げ、正座の姿勢で充電中のスマホをいじる。

「会社の近くに、新しく一蘭ができたみたいだし、そこに行ってみる?」

文字を打ち込んで、考えを巡らせる。

一蘭、いわずと知れた天然とんこつラーメン専門店だ。知財界隈の人間には有名だが、一蘭独特の、客席が個別に仕切られ、着座等すると座席センサが反応する店舗システムは、「特許第4267981号」として株式会社一蘭が権利を取得している。

 

※特許第4267981号の図1より引用

 

・・・一蘭もいいな。シャレたレストランに誘うより、下心がない感じが出ていい。

いやしかし、その後の流れもほしい。一蘭は別の機会にしよう。

ボクは打ち込んだ文章を一旦消して、キミにメッセージを送った。

「何個か候補を考えておくよ。当日の気分で決めよう」

 

ーー10月7日。

守衛室の前で待ち合わせるのは流石に恥ずかしいかと、最寄りのバス停で待ち合わせた。定時10分過ぎ、作業着からの着替えを終えたキミが会社の外塀沿いに歩いてくるのが見える。普段、廊下でみかけるのと異なる雰囲気に、ボクは思わずドキッとする。

バスに揺られて、中心街に向かう。

「月末、忙しかったんだってね。」

「はい。でもおかげで今は落ち着いていますよ。Nさんも結構、分担してくださいましたし」

 

Nはボクの同期だ。この子の仕事が終わるように、予め袖の下を使っておいた甲斐があった。

「それで、今日はどちらに行きますか?」

「どうしようね。中華とイタリアンだったらどっちがいいかな。気になっているお店が2つあって。」

「んー、サッパリしたものがいいかなー」

「じゃあ、イタリアンにしよう。予約入れておくよ。」

 

ボクはスマホアプリを開いて適当に操作をする。

この子の食の嗜好は、食堂でA定食とB定食のどちらを選ぶかを日々観察して把握済みだ。

もちろん、イタリアンレストランの予約は昨日の時点で既に済ませていた。

「バス停から少し歩くけど大丈夫かな」

「問題ないですよ、歩いてお腹すかせましょう」

 

レストランは車通りから脇道に入った場所にあった。こじんまりとした上品そうな佇まいだ。

席について、メニューを開く。

「お魚もいいですね」

「いいね。ボクは何にしようかな。飲み物は?」

「どうされます?」

「ボクは赤ワインをグラスで」

「じゃあ、同じのにしようかな」

「食後は・・・ボクはコーヒーにするよ」

「いいですね」

「ここはね、UCCと提携していて、食事にマッチングしたブレンドのコーヒーを提供してくれるんだよ」

「そうなんですね、じゃあ私もコーヒーにします」

 

そう、特許第6475174号「コーヒーと食品の相性分析診断方法および相性分析診断装置」である。ユーシーシー上島珈琲株式会社と株式会社味香り戦略研究所の共有特許だ。

この診断方法では、味覚を数値化する技術を利用して、外食店で提供される食品の酸味や苦味といった味を分析する。そして、食品とコーヒーとで酸味がともに最も強く、その他の味覚がともにバランスする組合せになるようなコーヒーを、食品との相性が良いコーヒーとして診断する。診断結果は、例えばクライアント端末に出力される。

終わりよければすべてよし。食後の余韻も含め、キミに満足してもらうには、これ以上ない特許技術だ。

お互いにパスタのコースをひととおり食す。たわいのない会話をしながら、ボクは向かいの席に座るキミが飲むワインの量ばかりに目をやっていた。2杯。この子はお酒に強かっただろうか。

 

食後。

「ホント、スッキリしていて美味しいですね。飲みやすい。えっと、特許でしたっけ?」

「そう。でも、特許を取れたからといって、その技術が事業的に成功するか否かは、また別問題なんだ。ボクたちが今ここで、美味しいコーヒーを飲めているのは、特許だけでなく、企業の企画や開発、営業等、各部門の努力のおかげだね。」

「すてきですね」

「もちろん、この事業を他社に模倣されないように、特許を取得しておくことは大事だけどね」

「あなたのお仕事ですね」

「まあね」

 

店を出て、おもむろに歩き始める。

「美味しかったです。すみません、ごちそうになっちゃって。」

「いいよ、ボクが誘ったんだし。上期お疲れ様ってことで。」

「この後、どうされますか?」

この質問に、ボクは心のなかでガッツポーズを決める。しかし、それはおくびにも出さないようにして、会話を繋げる。ここからが重要だからだ。今、ボクの脳みそのシナプスたちは、クレームドラフト中※よりも激しく信号を発し合っている。

※特許出願に含まれる書面のひとつに、特許の権利範囲を定める「特許請求の範囲」がある。それに含まれる「請求項」のことを知財界隈の人間は「クレーム」といい、その請求項の記載内容を練ることを「クレームドラフト」という。特許の権利化業務の中でも、特許の有効性や範囲を左右する、特に重要で、特に神経を使う作業である。

 

「どうしよ、カラオケでも行こうか?」

「すみません、ちょっとお酒多めに飲んじゃって、声がうまく出ないかも」

「そうなの、しんどかったらワインを残しても良かったのに」

「いえ、飲みやすかったのでつい」

「じゃあ、もうお開きにするかい?あんまり無理するとよくないだろうし。えっと、家は・・・」

「家は会社の寮なのですぐそこですよ。大丈夫です。折角の週末ですし、もう少しお話しませんか?」

「それなら、じゃあ、ゆっくりできるところに行こうか。この辺だと・・・(ボクは考える振りをするが、もちろん次に行くお店は既に織り込み済みだ)・・・たまに行く喫茶店が夜にバーになっているはずだから、そこがいいかな。もちろん、お酒以外のメニューもあるはずだよ。」

「では、そちらに」

 

二店目。初老のマスターが、昼はコーヒーを、夜はカクテルを出してくれる小洒落た店だ。カウンターに肩を並べて座り、ふたりの間に置いたメニューを眺める。

「ノンアルコールでも、甘めの、とか、フルーツ系の、とか、希望を言えば、ここに載っていないカクテルも作ってくれると思うよ。」

「よくいらっしゃるんですか?」

「いや、夜に来たのはこれで2回目だね。昼間は休日によく来るんだけど。あ、マスター、注文を。ボクはバカルディ(※商標登録第1458420号等)をお願い。えっと、」

「私は、じゃあ、X.Y.Z.をお願いします」

「結構強いじゃないか、大丈夫かい?」

「1杯だけですから」

「じゃあ、マスター、それとナッツと、・・・お冷を2杯」

 

しばらくして、シェイカーの軽快な音が聞こえ、ふたりの前にカクテルが出された。

「じゃあ、改めて、上期お疲れ様~」

「かんぱーい」

「・・・はぁ、飲みやすい」

「X.Y.Z.はね、一昔前に日本の企業が洋酒等に関して商標登録※をして、バー等でX.Y.Z.を提供すると商標権侵害になるかもって、話題になったことがあるんだよ」

※実際には「エックスワイジィー」と「X・Y・Z」の二段表記:商標登録第5008303号

 

「え?どこのバーでも使われていそうな名前なのにですか?」

「そう、商標は特許とかと違って新しさは要求されないからね、登録される場合があるんだ」

ふぅん、とキミは自身のカクテルを珍しそうに眺めながら、またひとくち、グラスを傾ける。

「今は大丈夫なんですか?その・・・今、私が飲んでいるのは、侵害?」

「今はもう大丈夫。登録の後、他の会社がX.Y.Z.の商標登録に対して登録異議申立てをして、登録が取り消されたからね。」

「一度登録になっても、取り消されることがあるんですね」

 

またひとくち。

「審査を行う特許庁も完璧ではないからね。キミが今飲んでいるX.Y.Z.はこのバーで作ったカクテルだけど、どこか特定の会社の商品とは思わないよね。例えば、こことは他のバーでX.Y.Z.を頼んだとして、それはそのお店のX.Y.Z.であって、別にここのバーの商品って思わないよね。」

「確かに、りんご、とかと同じ感覚ですね」

「そう、まさにそうだよ。そういう場合、その商標には自他商品の識別標識としての機能がないっていうんだ。商標は、商品等の出所を表示する機能があってなんぼだから。だから、特許庁はその識別機能がないってことで、商標登録を取り消したんだよ。」

「ふふ・・・」

「どうしたの?」

「いえ、知財の話、よくご存知だなと思って」

「ごめん、喋りすぎちゃった。あんまり興味ないよね、商標とか・・・」

「いいえ、知的でかっこいいですよ」

トンッと、ボクの左肩にキミは頭を寄せる。ボクの頭は、ホワイトキュラソーのように真っ白だ。

キミのグラスは、いつの間にか空っぽになっていた。

 

ボクは残りのカクテルを一気に仰いで、マスターの方を向き、無言でバツ印の指をつくってみせた。引きつった表情は、マスターにはさぞ滑稽に映っただろう。

マスターは目元に優しげな皺を作ってにっこり微笑み、無言のまま、電話をする仕草をして、口元を「た・く・しぃ?」と動かしてくれた。ボクは小刻みに4,5回頷いた。キミは目を閉じたまま、ボクにもたれかかっていた。

 

会計を済ませて店を出ると、タクシーの運転手がドアを開けて待っていた。

ボクはキミを奥に乗せて、「どうしようか?」と念のために尋ねた。

キミはアルコールで潤んだ瞳をボクに向けて「お好きなように」と囁いた。

 

* * *

このホテルに来るのは初めてだった。そもそも、”こういった”ホテルに来ること自体、ボクははじめてだった。ただ、不思議と場所は知っていた。そういうものだろう?

恥ずかしそうに俯くキミの手を引いて、ボクはロビーに入る。薄暗い雰囲気の中、部屋の写真が表示されたパネルだけが煌々と静かに光っている。

こういう場所といえば、特許第2692704号「顧客誘導装置」や特許第2692705号「宿泊,休憩施設における対面防止装置」等の、別な顧客と対面させることなく客室へ誘導する発明が思い浮かぶが、今日は自分の車で来たわけじゃないし、発明の内容を詳しく説明している余裕は今のボクにはない。気になった読者は、各自で調べてもらいたい。

中くらいの価格の客室を選んで、ボクたちはエレベータに乗った。手に感じる汗が、脈が、どちらのものか、もはや分からない。

 

客室のドアを閉めるなり、ボクはドアに寄り添ってキミをそっと抱きしめた。シャンプーとともに、ほのかに香るキミ自身の匂いがボクの脳を突き抜ける。

「怖くないかい?」

ボクはキミの耳元で囁く。キミは顔を上げて、ボクの右喉元を軽くはんだ。唇の感触がボクにとどめを刺す。

 

念のために持ってきた意匠登録第1101990号「男性性器用勃起維持具」は、もはや使う必要がないようだ。え?どんな登録意匠かって?それももう、自分で調べてくれ、ボクは今、本当にそれどころではない。

倒れ込むようにキミをベッドへ寝かせて、耳の下から順に、ボクはキミを味わった。部屋に響く嬌声が、エレガントタイム※1を迎えたボクをさらにおかしくさせる。

本音を言えば、やりたい放題※2でキミをめちゃくちゃ大つぶれ梅※3にしてやりたいのだが、賢者の余裕※4を見せたい意地と、キミを一緒にもっと近くに※5感じていたい気持ちとで、ボクはキミをじっくり、コトコト煮込み名人※6。

裾野の森※7をかき分けたエロティックゾーン※8に湧く姫の泉※9に手を伸ばして、たどり着いたら、この辛口!※10

活火山※11からほとばしる※12やがて、いのちに変わるもの。※13がフィニッシュドボア※14、ふたりの時間※15はとれっぴー朝までぐっすりさらさらパッド※16

・・・・・。

・・・・・・・・。

 <参考資料>

※1  商標登録第5202485号「エレガントタイム」

※2  商標登録第2161743号「やりたい放題」

※3  商標登録第6123444号「めちゃくちゃ大つぶれ梅」

※4  商標登録第5395620号「賢者の余裕」

※5  商標登録第6074491号「一緒にもっと近くに」

※6  商標登録第5127013号「じっくり、コトコト煮込み名人」

※7  商標登録第6540994号「裾野の森」

※8  商標登録第5458769号「エロティックゾーン」

※9  商標登録第2237303号「姫の泉」

※10 商標登録第5681513号「たどり着いたら、この辛口!」

※11 商標登録第4914746号「活火山」

※12 商標登録第5947491号「ほとばしる」

※13 商標登録第4781986号「やがて、いのちに変わるもの。」

※14 商標登録第1832470号「フィニッシュドボア」

※15 商標登録第6293303号「ふたりの時間」

※16 商標登録第5602960号「とれっぴー朝までぐっすりさらさらパッド」

くどいようだが、ここで説明するデートプランはフィクションであり、実在の人物・団体・事件などには、一切関係がない。一切。そう、何も、なんにも、関係がない。

 

============

ーー10月6日。

ふぅ・・・。

・・・完璧だ。これほど完璧な知財ランデブーを着想できた人間が今までいただろうか。新規性も進歩性も文句なしだろう。ボクはボクの才能が怖い。ボクは自室のベッドで天井を見上げながら口元を緩ませた。

そのまま充電中のスマホに手を伸ばし、ボクはキミへLINEメッセージを送る。

「明日、一緒に晩ごはん食べに行かない?」

キミの既読は、つかなかった。

キミの既読は、つかなかった。

~fin~

 

ーあとがきー

ボクが提案したデートプランは、結局、日の目を見ることはなかった。

これは知財の世界にもよくあることだ。とりわけ特許では、発明が製品に実装される前のアイデア段階で特許庁へ特許出願を行うことが多い。このため、特許出願された発明には、特許権として権利化されることなく、事業化もされることなく、他の多くの特許出願とともに公開公報の海に紛れていくものも少なくない。

しかし、このような多くのアイデア発明のひとつとして、世界を変えるようなクリティカルな発明が、今までも、そしてこれからも、生まれ続けることだろう。

ボクの恋路もこれで終わりではないはずだ。知財活動も恋も、粘り強さが大切なのだから。

この文章をここまで読んでくれた貴方も、いつかどこかでデートプランを考える際に、実現されることなく消えていった数々のデートプランのひとつとして頭の片隅で思い出してほしい。

ボクがキミに贈りたかった、「知財とキミと、ランデブー」

終幕

(著者:かねぽん)