みなさん、こんにちは!
JMDCという医療データ・ヘルスケアテック企業で法務知財を担当しております、小川 徹といいます。
Toreru Media さんでゲスト記事を書かせていただくのは、実は2回目です。当時は、匿名でSNSをやっていましたので、実名では初めてですね。
☆前回記事:
当時はアパレル業界に所属していましたが、縁あって医療データ業界に転職し、色々と考えることがありました。
そこで、今回は、法務と知財の両輪で働くことについて、お話させて頂きたいと思います。お読み頂ければ嬉しいですし、SNSなどで感想もお聞かせ頂けるととても喜びます!
目次
ゲスト紹介
小川徹さん:ゲーム業界→アパレル業界→医療データ業界と、様々な業界を渡っていますが、業務は、一貫して、法務と知財です。過去には、ファッションローをテーマにしたnoteを書いていましたが、今は、読んだ本や、視聴した動画コンテンツの感想をnoteに残しています。
1、私のキャリア~偶然にも法務・知財の両輪へ
現在、私は、契約業務や法律相談対応という、いわゆる企業法務のお仕事に加えて、特許、商標を中心とした知財の相談、出願、管理等の業務に携わっており、法務と知財の両方の業務を行っています。割合は、ちょうど半分半分といったところで、良いバランスで担当させて頂いているように思っています。
今日の私のお話の結論を最初に言ってしまうと、法務の方向けには、「知財」やってみませんか?です、知財の方向けには、「法務・契約」やってみませんか?です。
製造業の会社では、多くの人員を持つ知的財産部が存在することが多いですが、その場合に法務部員が知財業務を担当することは、極めて限定的です。一方で、明確な知財担当はおらず、法務や総務の方が片手間でやっているという会社も多くあるでしょう。
私自身は、長年、法務と知財を比較的均等に(まさに両輪として)担当してきたため、その経験を通じて両輪として担当することのメリット・デメリットをお話できればと考えています。
私は、いわゆる文系大学の大学院出身です。入口からすると、いわゆる企業法務畑のように見えますが、出身が知財に力を入れている学校で、そこには弁理士を目指す研究室などもあり、私も知財を専攻していました。
弁理士試験のための勉強もしていましたが、こちらは途中で断念してしまいました。もともと新しいテクノロジーやエンターテイメントが好きで、それらを「守る」法律ということで、知的財産法に強い関心を持ち、この道に進みたいと強く思い、この道に進みました。
結果としては、ゲームメーカーの知的財産部に入社し、キャリアをスタートすることになり、著作権をメインに担当する部門に配属されました。長期的に見ると、このときに、特許庁対応がない著作権担当という関わり方が、法務業務とうまく連結したのかもしれないなと思います。
数年の著作権担当を経て、部署再編で、法務部に異動し、この時から契約業務や一般企業法務を担当することになり(この段階で緩やかに著作権の業務は減っていきました)、いわゆる「法務」の仕事はここで経験を積みました。以降、会社は変わっても、一貫して、法務と知財を両方担当すると言う役割を担い続けています。
初めにお断りしておくと、私はこの法務と知財の両輪というキャリアを戦略的に志向した訳でも、初めから狙っていたわけでもなく、その時その場所で、目の前のことを、ただがむしゃらに取り組んでいたら、たまたま、こういうキャリアになったというだけである点は、お恥ずかしい限りなのですが、ご理解頂ければ嬉しいです。
ところで、少し前に、知財業界の大先輩(様々な分野に越境している越境知財人材)に、「契約の仕事と知財の仕事、共通点と相違点は??」と突然問われました。
そのときふと口を突いて出たセリフが、「共通点は、どちらも言語で権利を生み出す(形成する)仕事で、相違点は、法務は義務を減らす側面もあるって感じですかね。。。」でした。
「言語で権利を生み出す」をキーワードとすると、知財の仕事は「特許では、明細書を作成し、商標では指定商品を特定する」。法務の仕事は「契約書を作成し、さまざまな法律解釈を展開する」という点で、共通項が出てきます。
その大先輩は、もっと進んだ考え方をされていますが、私としては、このあたりの整理が腑に落ちています。
これだけで両者が身近になる・・ことはないかもしれませんが、2つは意外に近い仕事だよ、というのをまず感じていただけると嬉しいです。
2、法務と知財を両方担当するメリット
人様にオススメするには、まずは、メリットをと言うことで、法務と知財を担当することのメリットについてお話していきます。
(1)初動が早まり、業務の解像度も上がる
他社との秘密保持契約、事業提携契約、共同研究契約など、他社と情報を交換する場面は、一般的には何か今までにない新しいものを生み出そうとすることがほとんどだと思いますが、他社との情報交換は、まさに知的財産が生まれる場面です。
知財と法務両方を担当することは、契約の場面で、知財関連の条項や、秘密保持の条項をより具体的に確認できることが大きなメリットとして挙げられます。契約交渉の場面から具体的な知見がある担当者が参加することは、契約交渉の場面で大きく影響します。
これは法務サイドでも同じメリットがあります。
権利帰属について気にしない法務担当者はなかなかいないでしょうが、「自社が本当にその分野で、特許出願をする可能性があるのか?」、「出願の可能性もないのに過度に権利帰属にこだわっていないか?」など、知財業務も担当していることで、交渉の引き出しは間違いなく増えていきます。
※ わかりやすい例では、共同出願など実際に出願事務や管理に関わる知財担当からすれば、絶対拒否したいところです(笑・冗談です)
そもそも、知財担当としては、権利帰属、将来の出願手続き、公開の有無など他社との交渉で気になる部分が山ほどあります。端緒の時点で関わることで、発明発掘の機会も増えますし、できるだけ想起に注意喚起できることは、意図しない新規性の喪失を防ぐことができるなど非常に重要な動きを早い段階で取れるようになります。
外部との共同研究発表では必ずしも自社だけで、情報開示をコントロールできないですよね。知財トラブルを避けるため、初期の啓蒙が非常に重要であると思われる方は、多いのではないでしょうか。
また知財担当が1人か少数の場合、社内のどこで知財が生まれそうか、発明発掘を行うにも手探りという話をよく聞きます。契約は多くの場面で事業や業務の端緒である場合が多く、契約業務から派生して、知財業務に発展することが多いため、2つの業務を兼務することが発明発掘をうまく進めるコツだったりします。あれ、最近、秘密保持契約の依頼が、増えてきたな、何か新しいことやろうとしているのかな?といった具合です。
また、契約に基づき取得した知的財産を今度は、第三者に利用させたり、製品・サービスに実装して販売するような展開があります。その際にも、取得から関わっていれば、ライセンス内容が当該知財の権利範囲として適切なのか、販売している商品の中で当該知財権が何を保護しているかを、同じ担当者であれば、極めて正確に把握できているはずです。
(2)すぐ会いに行ける知財担当者になれる
知財担当の仕事は、よほど大きな会社でなければ、常時(特に出願系)に関しては業務があるわけではないため、事業側がある程度プロジェクトが進んだ段階で、「あ、これ特許取れるんじゃない?」、「あ、商標忘れてた。。」という事になりがちです。
一方で法務(特に契約)業務は、基本的には、常時、事業部から依頼がくることが多いため、顔見知りになることも多く、何かの「ついで」に知財の相談をしてもらえることが多いです。大きな会社では事業部に知財が常駐しているという話も聞きますが、それに近いことが、法務としてのコミュニケーションの中で達成できているのかもしれません。
(3)攻めと守りのバランスが取れる
契約業務や法律相談業務といったいわゆる法務業務は、リスクを極小化する、つまり、「ノー」を言わなければならない仕事がそれなりの頻度であることが紛れもない事実です。つまりいわば守りの業務です。
一方で、いわゆる出願系の知財業務は、将来の事業展望を見据えて、権利をできるだけ広くとる、といういわば攻めの業務であり、性質的に大きく異なる面があります。
すごくネガティヴに言えば、法務は一生懸命リスクについて考えれば考えるほど、事業部にブレーキをかけるようなアドバイスをしてしまいがちです。うちの法務は、NOばかり言う。。。なんて声を聞いたことは、この業界にいる人であれば、一度や二度ではないはずです。
もちろん「ブレーキをかける機能」は法務にとって重要であり、一概にダメということではないのですが、やはりバランスは必要でしょう。
そんな時に、知財の業務も担当していると全くベクトルの違う接し方を事業側とする事になり、法務知財担当者と事業者サイド双方にとって、良い影響があるのではないでしょうか。イメージ上の問題かもしれませんが、また違った印象を事業部に与えることは間違いないと思います。
3、法務と知財を両方担当するデメリット
ダブルキャリアはメリットばかりではありません。私自身、悩み抜いたことがあるので、デメリットについても触れていきます。
(1)キャリアの迷子になりやすい
法務と知財を担当することの大きなデメリットがこれです。
一般的に、どちらも高い専門性を要求される仕事であるため、両方を均等に実務経験を積んだとしても、どちらも専門的に担当している方より、圧倒的に専門性が劣ります。
この辺りは、以前、個人的に書いたnoteでも触れましたが、法務・知財両輪のキャリアを歩む場合は、受け入れなければならない事実です。
実際、インハウスの弁護士・弁理士が増えてきている中、専門性でそういった「強い専門人材」と差別化を図ると言うのは、きつい言葉でいえば「諦めた」方が良いと考えています。
私個人が法務・知財の仕事の良い面と考えているところに、「経験と勉強したことが裏切りづらい」、「才能が左右する部分が極めて限定的」と言う面があります。
つまり、まさに継続は力なりで、突き詰めて業務経験を積み、学んできた担当者には、そうそう太刀打ちできず、少なくとも外形的には、色々な事に手を出している法務と知財の両輪という役割は、書けた時間に基づく専門性で劣ることは明白です。
また、法務・知財の「外の人々」すなわち依頼者側は、法務・知財人材に当然高い専門性を期待しています。
そもそも企業法務・企業知財では一定の専門性は要求されるものの、それ以上に事業理解やコミュニケーション能力が重要とされやすく、専門性もできるだけ広いカバー範囲と、得意不得意を正確に把握し言語化できる能力を求められるものです。
つまり、法務と知財を両輪で担当すると言うこと自体が、「広いカバー領域」、部門や専門を超えて業務を進めていくことで培われた「事業理解・コミュニケーション能力の向上」という観点で大きな差別化につながると思っており、私自身は、これも「法務知財」の専門性の一種と捉えています。つまり、知財又は法務1つの分野を掘り続ける専門性と、また違う専門性が生まれるということです。
もちろん法務も知っている、知財も知っているという「浅い」段階では弱いです。その双方を実務レベルで連結できるような横断的な知識・経験を積むことで、より付加価値の高い仕事ができるのではと考えています。
そうはいっても、現実問題、悩ましいのは事実です。
大概の方は、この業界に入る時に、専門知識を活かせる仕事をしたいと言う方も多いでしょうし、弁理士試験を目指していた私も、どちらかというと元々はその志向でした。
私自身、年齢の近い法務・知財専門人材の働き方を見ながら、両方に軸を置く自分のキャリアを「中途半端」と断罪して悩んだ時期もありました。実際、かなり若い頃の転職活動の時は、どちらの経験も少なく、採用企業に響かないと言われたこともありました。
しかし今は、ここまでお話ししてきたようなことを考えつつ、両輪を担うキャリアを全うしたいと思っています。自分が何度か転職し、今の職に落ちつけたこともその裏付けになっているのではと、少なからず感じています。
(2)2つの時間の使い方が難しい
こちらはかなり実務よりな話で、かつ、個人差が大きい点ですが、法務業務と知財業務では、業務の取組み方が大きく異なり、「時間の使い分けが難しい」と感じることがあります。
特に、契約業務と出願系業務の違いが顕著なのですが、(慣れの問題もあるかもしれませんが)契約業務に比べて、出願系業務の方がチェックにかかる時間がかさむ傾向があります。。出願系業務は腰を据えてチェックをしないとミスが起きやすいように感じます。
一方で契約業務は相手があることなので、業務のペースを自分でコントロールしづらいことが多くありますが、(新規性の問題を除けば)出願系業務の方が自分のペースで対応がしやすいという違いもあります。
結果、双方の業務を並行で行なっていると、どうしても急かされやすい法務業務を優先して対応してしまう場面が多く、知財業務が後回しになりがちです。
このあたりは、まだまだ試行錯誤中ですが、私個人の働き方としては、週のうちの特定の時間は、知財業務に与える時間として、あらかじめ予定をブロックして、強制的に時間を確保しています。
4、最後に
最後に少し世の中の状況も見てみたいと思います。どこもかしこも、DX、データドリブンの事業推進だと、データを中心に多くのビジネス、取引が行われ、突然、データやそのAI関連の契約をレビューすることになったという法務担当は多いと思います。
データは、データそのものを知財権として権利化することは、基本的に困難です(不正競争防止法条の保護はありますが)。その上で、その保護は契約条件に委ねられます。一方で、データを利用する場合は、様々なデータを利用したデータベースや学習モデルが創作され、知的財産権の対象となります。
つまり、データを中心とした取引においては、契約と知財をしっかりと連結して検討、判断する必要性が高まっており、クロスボーダーが求められる領域になっています。
このような法務・知財両方のスキルを求められる領域の増加は、多くの法務担当にとっても、知財担当にとっても避けることのできないものとして、前向きに捉えていく必要があるのではないかと思います。すなわち、法務と知財という両輪で働くことで、提供できる価値があるのです。
もちろん、知財と法務が密に連携がとれ、相互補完関係が構築できていれば、このような役割は不要なのでしょうが、なかなかそのようなケースも少ないです。そこで、両者の橋渡し的な役割が増えてもいいのではと感じています。
計画的にこのキャリアを志向したわけではない私が言うこと自体がおこがましいのかもしれないですが、私自身は、この働き方に可能性を見出していますし、よりよい価値提供できる役割として、精進したいと思っている次第です。
何より、法務の仕事も、知財の仕事も楽しい!そんな欲張りな私みたいな人にとって、こんな働き方も楽しいよ!ということが伝えられたのであれば、とても嬉しいです。
終わり