特許請求項はストーリーで読み解け!〜「請求項3」に書き手の意思は宿る

2024年8月、大阪で「特許の鉄人」というイベントが開催されました。

このイベントは、弁理士がその場で初めて目にする発明品について、特許明細書の中で最も重要な「クレーム」を制限時間内に作成し、その内容の優劣を競うタイムバトル形式のイベントです。 

2人の弁理士が発明品のヒアリングからクレーム作成までをたった25分で行い、観客の投票と審査員の評価で勝敗を決する「特許の鉄人」は、弁理士のクレーム作成技術を競うリーガルバトル、すなわち特許実務の中でも最も重要な「特許請求の範囲」の作成能力を即興で披露する場となっています。

この大会、私は出題者(発明者)として参加し、会場で2人の選手が書くクレームをリアルタイムで見ていました。するとあることに気づいたのです。

私の目は、2人の書いた請求項3に止まりました。

「特許の鉄人」において、選手が即興で作成するクレームドラフティングは、審査を受ける前のフリースタイル競技のようなもの。そんなフリースタイル競技において、請求項3は、請求項1〜請求項2よりも選手の個性を際立たせる存在だったのです。

そしてこの請求項3とは、通常の特許出願であっても、書き手の意思や、権利化へのストーリーを照らし出す存在だと思い至りました。また、フリースタイルで審査に挑むという要素は、通常の特許出願も同じです。

よって今回は、特許請求項の中でも出願時の「請求項3」に焦点を当て、「出願時のクレームドラフティング」というフリースタイル競技を考察してみたいと思います。

ゲスト紹介

木本大介(弁理士/付記)

2003年 上智大学大学院電気電子工学専攻修了後、株式会社リコーに入社。知的財産部で、複写機を中心とした電気・機械分野の権利化業務に従事。
2006年 弁理士登録、特許事務所にて電気・ソフトウェア分野を中心に出願代理業務に従事。
2018年 ピクシーダストテクノロジーズ会社に知財マネージャとして参画。知的財産業務及び契約業務の実務及びマネジメントに従事。IP BASE AWARD 2021スタートアップ部門グランプリ、令和4年度「知財功労賞」の受賞に貢献。人事責任者・広報責任者・法務責任者も兼務。現在に至る。

◆資格:弁理士(付記)
◆委員等:日本弁理士会関東支部中小企業・ベンチャー支援委員会「ベンチャー支援部会」委員/「令和6年度IPランドスケープ支援事業」委員/スタートアップの課題解決のためのプロボノチームに関する調査研究事業委員

1. 出願時のクレームと登録時のクレームの役割の違い

「出願時のクレーム」と「登録時のクレーム」。法的な観点では当然に異なる意味を持ちますが、そもそも、事業会社の社内での扱いにはどんな違いがあるのでしょうか?

「出願時のクレーム」には、「権利取得を目指す範囲」が表現されます。
これは、「計画」に相当します。

ベストシナリオからワーストシナリオまでありとあらゆるシナリオを想像し、それぞれのシナリオで生じ得る未来の事象(特許庁の反応や第三者との係争)に対して事前に策を講じることで、どのシナリオを選んでも一定以上の成果を導く。計画段階では、そんなシナリオ設計が求められます。

一方、「登録時のクレーム」には、「確定した権利の範囲」が表現されます。
これは、「完成品」に相当します。

登録時のクレームは、一部の例外(例えば、権利範囲を狭めること)を除いて、実質的な変更ができなくなります。そのため、シナリオ設計ではなく、答え(将来にわたって変更しなくても良い完成品)が求められます。

まとめるとこんな感じです。

このうち、出願時のクレームドラフティングで求められるシナリオ設計能力は、登録された特許の「権利範囲の広狭」のような客観的評価が難しい能力です。そのため、弁理士の個性が色濃く反映されるシーン、つまり腕の見せ所だと思うのです。

2. 出願時のクレームに込める意思

私は、出願時のクレームには、2つの意思を込めることを心がけています。

それは、「特許要件違反を恐れずに勝負すること」そして「請求項1から順に読んでいくと、権利を取得するまでのシナリオが見えてくること」です。

このとき、請求項1~3には明確な役割分担があります。
まず誤解を恐れずにいえば、出願時の請求項1で特許査定を得る必要はありません。

出願時の請求項1には、審査官のストライクゾーン(具体的には、新規性及び進歩性の境界性)を見極める役割を期待しているからです。

見極めの役割を担う請求項1は、どうしても過度に抽象化されていきます。

次の出願時の請求項2には、抽象化され過ぎた請求項1の明確化(請求項1が36条違反と判断されたときのセーフティネット)の役割を期待することになります。記載要件違反は早めに(上位の請求項で)解消する算段を付けておきたいがためです。

しかし、請求項2ではまだ、権利化のシナリオが見えるところまでは到達しません。
そこで、請求項3の出番です。請求項3は、「狙ってストライク」を取りに行く決め球になります。

わかりやすいよう、図にまとめてみましょう。まずは、出願時点での期待です。

出願時の請求項に期待すること

この期待に基づけば、請求項1~3の役割は次のように分担されます。


請求項の役割と表現

こう整理すれば、請求項3の役割・重要性が見えてくると思います。

3. 請求項3はかくも弁理士を語る。

ところで、私が日々の業務で感じているのは、「特許実務に明るくない人にクレームの本質的な意味を腹落ちさせることはとても重要であり、かつ、とても難しい」ということです。

実は、権利範囲を伝える(請求項の意味を解説する)こと自体は難しくありません。特に、生成AIが日進月歩で進化する今、素人にとって難解なクレームを要約する業務の難易度は劇的に下がりました。

しかし、出願時のクレームで語られる権利化のシナリオを伝えることは、生成AIにも依然として難しいものです。経営者を腹落ちさせるためには、「どんな権利範囲であるか」をイメージさせることも必要ですが、それ以上に、「どうやって事業の競争優位性を上げるのか」をイメージさせることが重要です。

そのためには、単に権利範囲を解説するだけではなく、権利化のシナリオを説明することにより、経営者の納得感を上げる必要があります。

権利化のシナリオは、書き手の意思そのものです。

ただ、請求項1と請求項2には書き手の意思は載せにくい。前述の通り、請求項1には審査官のストライクゾーンを見極め、請求項2には過剰な抽象化を是正するという役割があるためです。一方、請求項3になってくるとはじめて、書き手の意思を自由に表現できます。

請求項1や請求項2で拒絶を受けたとしても、請求項3を起点にして競争優位が築かれていく。
請求項3を読むだけで、そんな意思が経営者に伝わるクレームは、事業会社にとって良い出願時クレームと言えるのではないでしょうか。

4、実践編~特許の鉄人2024をもとに書き手の意思を考察

以下の表は、特許の鉄人2024に出場された2人の弁理士(室伏 千恵子 先生(きのか特許事務所 代表弁理士/株式会社きのからぼ 代表取締役)と金子 愛子 先生(弁理士法人サンクレスト国際特許事務所 弁理士・知財アナリスト))が書いた請求項1~3です。

御本人の許可を得て掲載しています。

室伏弁理士金子弁理士
請求項1プロセッサと、メモリとを備えるコンピュータを動作させるためのプログラムであって、前記プログラムは、前記プロセッサに、音源から発せられた音声に関する音声情報を取得する第1取得ステップと、マイクに対する音源の方向を示す方向情報を取得する第2取得ステップと、前記音声情報を、仮想空間内において、前記音源方向に応じた態様で、ユーザに視認可能に出力する出力ステップとを実行させるプログラム。  発話者の取得部に対する方向ごとに前記発話者の発話内容についての音声データを前記方向に関する方向データを含む状態で取得する前記取得部と、  前記取得部の取得結果に応じて、表示装置の画面に第1方向から取得された前記音声データを文字データに変換した情報を第1領域に表示する第1表示と、前記第1方向とは異なる第2方向から取得された前記音声データを文字データに変換した情報を前記第1領域とは異なる第2領域に表示する第2表示と、を含む第1画面を出力する制御部と、を備える、情報処理装置。
請求項2前記出力ステップにおいて、前記音声情報を、前記仮想空間内の前記マイクオブジェクトに対して、前記音源方向に応じた位置に、又は前記音源方向に応じた配色で出力する請求項1に記載のプログラム。 前記制御部は、前記画面の中央に前記取得部を意味するアイコンを表示し、前記アイコンに対して放射状に前記第1表示及び前記第2表示を前記取得部に対する前記発話者との方向に対応するように配置する、請求項1に記載の情報処理装置。
請求項3前記出力ステップにおいて、前記音声情報を取得したことに応じて、取得した順に、前記仮想空間において前記音声情報を出力する請求項1に記載のプログラム。 前記制御部は、前記第1画面と、前記音声データを文字データに変換した情報を時系列順に並べる第2画面とを互いに遷移可能な状態で表示する、請求項1又は請求項2に記載の情報処理装置。
<特許の鉄人2024 ソフトウェア発明対決で作成された2人の弁理士の請求項1〜請求項3>

この表をもとに「請求項3」に書き手の意思はどのように宿るのか確認していきましょう。

まず請求項1には、音声を取得してから画面を表示するまでのプロセスが表現されていて、請求項2には、具体的な表示内容(見た目、特に情報を位置と紐づけて配置する点)が表現されています。書き方は違えど、室伏先生と金子先生は共通しています。

それもそのはず。今回のお題になった製品「VUEVO」の特徴は、まさに、情報(音声を文字起こししたもの)を音源の位置と紐づけて配置する点にあるからです。

しかし実際の実務では、請求項2で特許を取得できないことも十分に考えられます。出願時の請求項2は、それくらい微妙なラインを攻めるべき請求項でもあるからです。

そこで、請求項3の出番です。請求項3を見てみると、二人の弁理士が明確に違うターゲットを見ていたことがわかります。

室伏先生の請求項3は、音声情報を出力する順番に着目しています。これは、出題者である私が「リアルタイムに文字を表示する」UIを強調したからだと思います。これは、「UI」(ユーザインタフェース)そのものに特徴をもたせたクレーム(UIクレーム)と言えるでしょう。

一方、金子先生の請求項3は、VUEVOの特徴的なUIである「情報を位置と紐づけて配置する」モードと、SNSでは一般化されている「情報を時系列に沿って配置する(タイムライン)」モードと、を切り替える機能に着目しています。これは、UIそのものではなく、UIを切り替えることができる「スイッチング機能」に特徴をもたせたクレーム(機能クレーム)と言えるでしょう。

どちらが正解というわけではありませんが、請求項3で初めて、二人の先生の発明の捉え方が分岐していることが分かります。

これを経営者目線で読み解くと、室伏先生からは、本製品の特徴的なUIを権利化しようとする意思を感じることができますし、金子先生からは、UIの表示モードを切り替えるという機能を権利化しようとする意思を感じることができます。

特に、金子先生は、登壇後のBlogで次のように語っておられました。

「請求項3を作成した意図としては、第一に、実際に本件UI機能をユーザが使うとき、方向の表示も大事ですが、会話は結局は時系列で何を言ったかが重要なので、このタイムライン表示は自社・他社ともに外せない機能だと思ったことにあります。権利範囲が狭くなったとしても、実施する範囲・売れる範囲への限定であればそこまで痛くないでしょう。

そして第二に、特許実務上、こういった画面遷移など、従来技術と本件発明との切替機能に関する従属クレームを入れておけば、請求項1,2で苦戦しても請求項3でヒュッと通ることがあるためです。これについては、当日、佐竹審査員にも拾っていただき、非常にありがたかったのと同時に、わりと一般的な「あるある」なのだなと認識いたしました。」

イベント振り返り「第4回 特許の鉄人」(第2試合選手)/金子愛子|かねぽん

「請求項1,2で苦戦しても請求項3でヒュッと通ることがある」という考察や、「このタイムライン表示は自社・他社ともに外せない機能と思った」から請求項3の要素として盛り込んだという話は、請求項3の役割を端的に示していると思います。

請求項3に明細書の書き手の意思が宿り、権利化までのストーリーが読み取れるという気づきは「特許の鉄人」が出発点ですが、通常の特許出願の場面でも同じと考えられます。

以上のように、皆さんも特許を読み解くときは請求項3に注目してみることで、新たな発見が得られるかもしれません。

5. 参考

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