「開発が進んで、仕様が変わった」「追加データが揃ってから出願したい」「でもリリースが近い…」
中小企業やスタートアップほど、こういう“特許あるある”に直面しがちです。
特許は原則として先に出願した人が有利(先願主義)なので、迷っている間に競合に先を越されるリスクもあります。そこで知っておきたいのが、国内優先権(こくないゆうせんけん)です。
この記事では、知財に詳しくない方向けに、
- 国内優先権のしくみ(結局なにが“優先”される?)
- 手続きの流れ(いつまでに何をする?)
- メリットと落とし穴(失敗しないための注意点)
- ビジネスでの効果的な使いどころ(ケース別)
を、できるだけわかりやすく整理します。
目次
1. 国内優先権とは?(一言でいうと)
国内優先権とは、日本で先に出した自社の出願(先の出願)を土台にして、改良や追加内容を盛り込んだ出願(後の出願)を“出し直す”ときに、先の出願日にさかのぼって有利に扱ってもらえる制度です。
ただし超重要ポイントが1つ。
さかのぼれるのは「先の出願の当初明細書等に書いてあった発明」だけ
後から追加した新しい内容は、基本的に「後の出願日」基準になります。
つまり、国内優先権は
「最初の出願日をキープしながら、1年以内に内容を育てて出し直す」ための仕組み、と捉えると理解が早いです。
2. 何が“得”になる?(タイムラインで理解)
イメージはこんな感じです。
- 出願①(先の出願):まず急いで出す(最低限でもOK)
- その後、試作・実験・市場検証などで内容が進む
- 1年以内に、改良・追加を反映した 出願②(後の出願)を出す
→ このとき「国内優先権」を主張する
そうすると、出願②のうち出願①に書いてあった部分については、新規性・進歩性などの判断で“出願①の日”にさかのぼる扱いになります。
開発競争が激しい領域では、この「日付を早く確保できる」ことがそのまま防御力になります。
3. 国内優先権を使える条件(成立要件)
制度は便利ですが、使える条件が決まっています。ここを外すと優先権主張が成立しません。
3-1. 原則:期限は「1年以内」
国内優先権を主張する後の出願は、原則として先の出願日から1年以内に行う必要があります。
例外として、特許庁が示す「故意によるものでない」場合の救済があり、優先権の主張については「期限経過後2か月以内に出願する必要がある」などの整理が示されています(救済を受けるには所定の手続が必要)。
※この救済は“保険”であって常用すべきものではありません。基本は1年以内で設計しましょう。
3-2. 出願人は同じである必要がある
国内優先権は「自己の先の出願」を土台にする制度です。
承継(権利の譲渡など)を含め、要件として出願人同一性が問題になります(共同出願の場合は扱いがよりシビアになります)。
3-3. 先の出願にできないケースがある
先の出願が、分割出願や変更出願など“派生出願”だと、国内優先権の基礎にできない場合があります。
(「優先権をチェーンして期限を延ばす」ような使い方はできない、という理解でOKです。)
4. 手続きの流れ(実務で迷わないために)
4-1. ステップで見る“やること”
- 先の出願(出願①)を行う
- 1年以内に、改良点・追加データ・実施例・用途などを整理
- 後の出願(出願②)を行い、願書で国内優先権を主張する(先の出願番号等を示す)
制度の骨格(何が優先されるか、何が要件か)は審査基準・条文で整理されています。
4-2. 超重要:「先の出願はどうなる?」
国内優先権の基礎にされた先の出願は、原則として出願日から1年4か月を経過すると「取り下げられたものとみなされる」ルールがあります。
このルールを知らないと、
- 「先の出願も残ると思っていた」
- 「先の出願を前提に説明していた」
のようなズレが起きやすいです。
また、国内優先権の主張は1年4か月を過ぎると取り下げできない扱いなど、運用上の制限もあります。
5. 国内優先権のメリット(中小企業こそ効く)
メリット1:先願日(早い日付)を確保しつつ、出願を急げる
「完成してから出す」だと、日付で負けてしまうことがあります。
国内優先権を前提にすると、まずは“コア”を先に出して日付を確保しやすくなります。
メリット2:改良・追加データを後から入れて“強い出願”に育てられる
出願後は新規事項を補正で追加できません。だからこそ、
後の出願で、改良点・実施例・用途・効果データを入れ直せることが実務的に大きいです。
メリット3:基本発明+改良発明を「漏れなく保護」しやすい
審査基準でも、制度趣旨として「技術開発の成果が漏れのない形で保護されやすい」ことが説明されています。
6. 注意点・落とし穴(ここが一番大事)
落とし穴1:「後から足した内容」には優先が及ばない
繰り返しますが、優先されるのは先の出願の当初明細書等に書いてあった発明です。
後から追加した発明要素は基本的に後の出願日基準なので、その間に
- 自社が先に公開してしまった(展示会・プレス・営業資料など)
- 他社が類似内容を先に公開/出願していた
といった事情があると、追加部分が厳しくなることがあります。
結論:先の出願で“コア”を落とさない。これが国内優先権運用の生命線です。
落とし穴2:「1年」は思ったより短い(期限管理が最重要)
開発、営業、資金調達…全部やっているうちに、1年はあっという間です。
さらに、社内の意思決定や外注(明細書作成)を考えると、後の出願準備は少なくとも期限の2〜3か月前から動いた方が安全です。
落とし穴3:「1年4か月で先の出願が消える」影響
先の出願が取り下げ擬制されること、優先権主張の取下げができる期間制限があることは、運用設計に直結します。
「先の出願も残しておきたい」事情があるなら、早めに専門家へ相談しましょう。
7. どんなときに使うと効果的?(ケース別)
ケースA:発表・リリースが先で、出願が間に合わない
- まずは出願①で“守りたいコア”を先に押さえる
- その後、実装が固まってから出願②で育てる
ケースB:追加データ(効果・実施例)が後から揃うタイプ
- 出願①は構成・狙いを先に押さえる
- 出願②で追加データを入れて、説得力を上げる
ケースC:基本発明→改良発明が短期間で連続する
- 出願①と②を一本化して、管理コストや権利設計を整える(相互に矛盾しない形にまとめる)
ケースD:海外展開(PCT等)も視野に入る
審査基準でも、自己指定(日本を指定国に含むPCT国際出願)との関係で国内優先権の効果に触れています。
海外の期限(パリ優先1年等)は別管理になるので、国内優先権だけ見てスケジュールを組まないことが重要です。
8. 国内優先権を使うかの判断チェックリスト
- □ 今後1年以内に、改良・追加データ・用途拡張が起きそう
- □ 競合が動きそうで、とにかく出願日を確保したい
- □ 発表・展示会・営業資料など、公開イベントが近い
- □ 先の出願で、守りたい“コア”がちゃんと書けている(または書ける)
- □ 「1年」と「1年4か月」の期限管理(後の出願/先の出願の扱い)を織り込めている
3つ以上当てはまるなら、国内優先権は検討価値が高いです。
9. よくある質問(FAQ)
Q1. 国内優先権とパリ優先権は何が違う?
ざっくり言うと、国内(日本)で出願を“出し直す”ための制度が国内優先権で、外国出願に日付を引き継ぐのがパリ優先権です。
(どちらも「優先日」という考え方が中心ですが、使う場面が違います。)
Q2. 国内優先権を使うと、先の出願は必ず消えますか?
原則として、先の出願は出願日から1年4か月経過で取り下げ擬制になります(例外もあります)。
“先の出願を残す”設計にしたい場合は、早めに専門家へ。
Q3. 先の出願に「どこまで書けば」優先されますか?
優先されるのは、先の出願の当初明細書等に記載されている発明です。
実務的には「後の出願で主張したいコア構成・作用効果の筋」が、先の出願で読み取れる状態が重要になります。ここはケース依存が大きいので、できれば出願①の段階でレビューを入れるのが安全です。
Q4. うっかり1年を過ぎたら終わり?
救済の仕組みが整理されていますが、優先権主張は「期限経過後2か月以内に出願が必要」など要件があり、手続負担もあります。基本は1年以内で設計しましょう。
まとめ:国内優先権は「早く出す」と「後で強くする」を両立する武器
国内優先権は、特に中小企業・スタートアップにとって、
- まず出願日を確保して守りを固める
- その後の改良・データ追加で“強い特許”へ育てる
という、現実の開発スピードに合った戦い方を可能にします。
一方で、以下の点に注意が必要です。
- 先の出願にコアを書き切る
- 1年(+関連期限)を絶対に落とさない
- 1年4か月で先の出願がどうなるかを理解する
もし「自社は国内優先権を使うべき?」「先に出す内容はどこまで必要?」「海外も絡むとどう設計する?」と迷ったら、状況(開発段階・公開予定・競合・海外展開)を整理したうえで、専門家に早めに相談するのがおすすめです。国内優先権は“使いどころ”を押さえるほど、知財投資の効率が上がります。
